O先生によるエナメル紹介



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うっかりカツカツやって来て、うっかり居ない。( By O.)
 

2023/11/08

月といえば

 
昨日の夜は、応援していた師匠が夢の中に出てきて、 「今半(いまはん)」で「うどんすき」をたらふく食べさせてくださいました。
雪がすごく降っていてとても美しく、夢の中でしたが体があったまりお腹いっぱいになりました。ごちそうさまでした。
 
 
そして、「今半」はご存知、日本を代表するすき焼き店でして、名店として名高い場所です。
 
 
ご想像の通り、私はいまだに「今半」デビューをしておらず、連れて行ってもらったことすらありません。
 
なので、夢の中のうどんすきは、私の記憶と経験データを参照して、私の好物として、「今半」では取り扱いのない「うどんすき」 が出てきたというわけですね。
 
これをお読みになり、「今半」に行こうかな? と思われた方は、必ず予約して伺ってくださいね。予約なしでもいい店舗もあるのかもしれませんが、いいお店は予約をしていくと確実です。
私も、「今半」貯金をして、いつか伺えればな、と思っております。 
 
まあ、夢の中の師匠からのメッセージは、「いーから飯を食え!」ということだったんだろうと思いますので(笑)、体型が戻ったことに余りはしゃがずに、そろそろしっかり食事をしたいと思います。

さて、表題の「月といえば」ですが。
 
BTS界隈では、月といえば、麗人Vさんが愛するARMYさん達に向けて言った、「月が綺麗ですね」が有名です。
こちらは、「愛しています」という、大変、美しい言い方です。
 
素晴らしい言い方ですね。
なんとまあ、奥ゆかしい言い方でしょう。その上、洒脱と洗練に満ち満ちていて、この言葉を考えついた人は天才ですね。夏目漱石ですけど。
 
なので、漱石ファンの私としては、もっとこの言葉をアピールせねば、と、ここを始めた時に思っていたのですが、ARMYさんも麗人Vさんももちろんご存知の上で、この言葉遊びをより美しく優しい愛の言葉の交換に使われているので、これ以上言うのは無粋かな、と控えておりました。
 
そして、どうやらBTS界隈は月にゆかりがある事柄が結構あるらしく、月といえば、ここでもメインに応援しているJINさんのソロ曲が「Moon」だったりします。
 
こちらは後でJINさんが発言してましたが、なんでもJINさんが当時1番やりたかったことを表現したのが、こちらの「Moon」なんだそうですね。
 
星の王子様をモチーフにしたパフォーマンスと、後ろのキツネ面のダンサーさんたちが印象的で、JINさんがやりたかったことはこれなんだな、と後でしみじみと拝見いたしました。
 
ですが、なぜ月にキツネ? とか、JINさんはキツネっぽいことがお馴染みのところではお馴染みなのか? とか、尽きぬ疑問が湧いてくるパフォーマンスです。
 
こちらの楽曲では、月と地球をJINさんとARMYさんに見立てて、美しく愛らしいラブソングとなっています。
私はエピファニーが好きです。
 
そういうわけで、月というと、こうして色々と発想するものがBTS界隈ではあります。
 
そして、これは調べていないので、どなたのテクニックかは失念してしまったのですが。(たぶんすっごい昔の文人)
 
言わないこと、表記しないことを発想させて、それが1番言いたいこととする。結論とする。
というやり方の、アマチュアの私にも浸透している有名なテクニックが日本にはあります。
(全世界の文章を読んでいないので、日本には、とさせていただきます。)
 
正式に調べたわけではなく、今まで読んできた物語の蓄積でそれを自然とやるようになってきたのですが。
 
私は、一茶の有名な句を使ったタイトルで、月つながりでJINさんの話題を何度か(?)書いています。
 
ですが、ここで月というモチーフで最初に取り扱ったのは、麗人VさんとARMYさんとの愛の交換、「月が綺麗ですね」の夏目漱石の話でした。
 
そういうわけで、あの有名な句のタイトルは、ここをチェックしてくださっている方にはお分かりになるはずの、漱石にかけたものでした。
 
そして、もうひとつ。
言わないで発想させるのではなく、連想させるものとして。
 
月といえば、稲垣足穂(いながき たるほ)ですので、私はそのタルホイック雰囲気を隠しコマンドのようなものとして、やっていたつもりでした。
 
なにか、すごく美しく、奥ゆかしい誤解をしてくださった方がおられたようですが。
 
申し訳ありませんが、私は応援している方々に恋愛感情は抱いておりません。
 
それもすべて、私の文章力の低さとマニアックさが招いてしまったものなので、とても優しい誤解をしてくださり、大変申し訳ないな、という気持ちだけで、この説明をさせていただきました。
 
こういう風に、言わないで語る、ということを目指していたのに、書いた本人が予想もつかない連想をさせてしまうという、文章力の低さを如実に物語る、非常に情けない結果になってしまったことと、
それを後になって、おずおずと説明せねばならない自分という、なかなかに素敵な現実を考えて、
 
本日の投稿これこそが、公開羞恥プレイなのだと、苦虫を潰した顔で、いま私はこれを書いています。とほほ。
 
以上、月といえば、でした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2023/11/07

削除しました。

 
今日投稿した3つは、びっくりするほどつまらないので、削除しました。
 
それと、あのー、こちらの先生と私のありもしないラブストーリーや、ありもしない師弟愛的なドラマチックなものを創られるのは、どうかご遠慮ください。
先生の名誉を守るためです。
もし発見したら、さすがに人権なんとかの方向で考えまする。
よろしくです。
 
エナメル
 
追記
それとですね。
何かものすごい勘違いが、横行しているところでは横行しているようなので、 はっきり書いておきますが。
私のようなものへ、差し伸べてくださる温かいお気持ちは、ありがたく、感謝の気持ちでいっぱいなんですが。
 
私は、誰からも好かれとりゃしません。
私も、どなたのことも恋愛対象ではありませんし、恋愛感情を抱いたこともありません。
みなさんは、ただ親切なだけです。
 
こんな、わけのわからないババア相手に、フィクションであっても、相手役の記号にされた方々が、本当にかわいそうです。
やめてあげてください。 

私も正直申し上げて、困っていますし、傷ついています。
 
図々しいお願いをしているのは重々承知いたしておりますが、どうかご配慮いただければと存じます。
 
 
 
 

鳩がピューっと

 
 
少し気持ちが落ち着いたので、Amazonで先生の本で持っていないのを買おうかなと思い、色々見ていたんですが、夭逝した著者の本を、それまで買わなかったくせに、急に有り難がって買い漁る感傷的行為が、なにはなくともお嫌いだったのを思い出し、やっぱりやめました。
 
たくさん拝読したい書籍があったんですが、中でも1番、気になったのは、最後に出された本の中で小説を出されていたことが、やはり本当をついても稀代の一流だった方は、ウソをついても超一流だったのだろうと思い、アマチュアの下手なウソつきのバカとしては、途方もない挑戦状を叩きつけられた気がして、いつかこっそり読んで、うまいこと真似する気満々です。
 
あと、いくつか著書の帯やタイトルやその説明書きに、いろいろと吹き出す仕組みを備えてらっしゃったようで、さすが、「桐島、ぶつかり稽古やめたってよ。」とツイートして全世界を震撼させた先生らしいと思い、こういう時ですので笑いを噛み殺すのが大変でした。
 
私は、先生の写真を持っていなかったので、いくつか先生の写真をダウンロードしたのですが、どれも待ち受けにするには、何かが足りなくて、少し考え込んでいたところ、2014年の5月21日にKindleオンリーで刊行された「現代の肖像 小田嶋隆 eAERA」の表紙写真が、「それ、なんて、いつぞやのブルータス誌 某作家の表紙?」というユーモア溢れまくる、パロディ写真だったことが決め手となり、こちらの渾身の先生のふざけまくった真面目な表情を待ち受けにしようかな、と思っているところです。
 
ずっと泣きながらモニターを見ていたんですが、ここへきてとうとう吹き出し、しかも先生の隣にハトがピューっと映り込んでいる芸の細かさに、声出して笑いました。
 
どうして、そういうマニアックな、気がつく人にしか気がつかないことに、常に全力なんですか?
 
おかげさまで、とってもシャビーな気持ちになりました。
 
いまの私の部屋の換気扇の通風口の入り口あたりに、雨が降るとハトがやってきて、クッククック鳴いててうるさいです。
これはやはり外側からつついて、追っ払うしかないんでしょうか。
 
でも雨風の強い時しからやってこないし、来ても少しの間だけで、クッククック言ってるだけなので、別に気にしなければいいとも思いますくるっくー。
 
先生の写真に映り込んでいるハトも、うちに来るハトも、多分同じ種類の、どこにでもいる首のあたりが虹色にギラリと光る、あいつでしょうね。 
 
ところでその撮影地は、ご近所の河原の小道ですか?
何だか草ボーボーで、イギリス式庭園のように見ようと思えば見えますが、きっと誰ひとりそうは思わないところで素敵なキャップを頭の上に乗っけて、涼しい顔で視線を外される先生は、いや、あれはただの偶然ですよ、はっはっは!と笑ってやり過ごしながら、内心、爆笑するはずとほくそ笑んでいたのでしょうね。
 
あやうく、飲んでいた紅茶でモニターを汚すところでした。
飲んでませんでしたけれど。
すぐそばに置いてただけでしたけど。
ちなみにそのお気に入りのカップには、やはりハトのイラストがついています。
北欧風だそうです。
 
それでは、先生に最近の私のお気に入りのカップのご報告ができたところで、これで失礼させていただきます。

エナメル
 
 
 
注:私はただの、先生の著書のバカな読者です。
 
20231108 10:44 大変重要な箇所を間違えておりましたので、お詫びして訂正します。 

 
 
 

2023/11/05

いつかの話


この投稿では、とてもセンシティブな話をしています。
あくまで個人ではこういう選択もある、というご理解をお願いします。


 

 
この歳になる前にも、先の話をパートナーとしたことがあったんですが、その時には、いま私達が所有しているパスワードや暗証番号の話になって、それをいざという時に備えて共有しておこう。という決まりは作ったんですね。
 
でも、私はものを知らなくて、自分たちが受給できる年金額のことをさっき知ったばかりで、この先の自分達の生活をどうするか、という話を少し前まで喧々諤々としていました。
 
具体的にどうするかは、備えていこう。ということになったので、あとは自分たちが工夫していくしかないんですね。
 
それで、その続きで、どちらかが認知症になってしまった場合は、どんなに一緒にいたくても、やはりあるレベルになったらお互いともに施設にお願いしよう。ということになりました。
それがお互いのために1番いいと、私達はいまのところ考えています。
 
そしてそして、その先の話になったんです。
 
実は、療養期間中に、私はちまちま蓄えたもので、お墓を本来なら購入しようとしていたんですが、コロナでそれも叶わなくなってしまい、2023年の11月現在に、さてそれはどうしようかという話になりました。
 
これは一般的な日本人の感覚ではなく、私と家族の価値観なので、どうか誤解しないでいただきたいんですが。
 
色々検索してみた結果、樹木葬というものがあるそうなんです。
興味のある方は検索していただくとして。
 
私達は、現状では、片方の遺骨と一緒に暮らして自分も最期を迎えた時に、自分達の区画に一本の木を申し込んで、そこに散骨してもらう方法(または骨を埋めてもらう方法)を選ぶことにしました。
まだ具体的に資料を取り寄せてというところまでは行っていないんですけれど、まず間違いなく、費用もなんとかなる範囲の格安のコースで、なんとペットも一緒に埋葬可能コースもあるんだそうです。
 
我が家には、先に触れたように、私の腕の中で息をひきとったペットの遺骨があり、毎日、コンディションがすぐれない時以外は、お水をあげています。
ペット専用の霊園で火葬してもらっていたんですね。
そちらはもちろん有料でしたけれど、綺麗な小さな骨壷にいれてくださって、お坊様に読経までしていただいて、美しい刺繍の袋に包まれて、いまも私達が過ごす部屋の明るい場所にそっと置いてあります。
 
なので、そのペットとも一緒に散骨をしてもらえるのなら、それが1番いいということになりました。
そして私は、もうひとつ、私の大切な友人だった木の枝を一緒に火葬してもらい、その灰も散骨してもらうことにしました。
 
木を選べるなら、私達が大切にしている種類の木を。
選べないのなら、できれば桜を。
無理ならば、その中で選べる木を。
それでも難しそうなら、ペットと私達と友人の木の枝と一緒に、海に散骨してもらおう、ということに決まりました。
 
これは、ちょっと珍しい価値観かもしれません。
でも、私達にとってはそれが1番、穏やかで、願ってもない方法である、とそこは2人とも同時に即決でした。
 
樹木葬や海への散骨は、もちろん専門の会社を通して申し込むタイプなので、気になる方は、いくらかかるのか、どうすればいいのか、検索して、自己判断、自己責任で色々と計画してみてはいかがでしょうか。
 
ちょっと理解できないな、という方もおられるかもしれませんが、そういう方はまたご自身が大切に想われている方法で、いつかの話を決めるのが1番だと、差し出がましいですが、そう思います。
 
またずいぶんと先の話をしてのん気なものだな、と呆れられるかもしれませんが。
私達はいつかのことがはっきり意志確認できて、あまり考えないようにしていたことから、日々の中でじわりと滲み出てくる不安がかき消えて、なんだかとても静かで豊かな気持ちになりました。
 
あくまでも予定ではあるのですが。
 
ひとつの情報として、こういうケースもあるよ、ということで投稿します。
 
 
 
 
 
 
 
20231105 21:54 誤字と文章をなおしました。
 
 
 
 
 
 

空想旅行という趣味


 
空想旅行というものをもうずっとやり続けている。
物心ついた時からやっているので、多くのプロ職業人達が嫌がる「大家(たいか)」の意味を持つ「家」という字を語尾につけて、空想旅行家としてもいいだろう、と思う。
そう思ったので、この投稿文を書き終えたら早速当ブログのプロフィール欄に、こっそり空想旅行家と書き加えるつもりだ。
 
この空想旅行家という言葉は、先日、家族ととりとめのない話をしているときに、頭の中で急ごしらえで作った造語だ。
急ごしらえなので、華美な字面のわりに凡庸な言葉だ。
おそらく誰もが発想できる範囲を出てもいないだろう。
検索して調べていないので、同じ空想旅行家を名乗っている方がおられれば、ただの偶然の一致である。
偶然の一致なので、どちらが本家でどちらが元祖か、よくある隣り合った菓子屋のようにいがみ合ってみても面白いが、元来気が小さいので、そうまた想像して楽しんでいるだけにとどめていようと思う。
 
空想旅行とは何か、というと、いろいろな空想旅行がこれまた空想の範囲でいくらでもあるだろうが、私の空想旅行は、物語の挿絵を見て、ここはこんな世界だろう、という想像や、近年では、世界各国の有名都市の特集記事や写真エッセイなどで、その街の人たちの暮らしを案内する、本格的な日常情報と旅行情報を見て、ここはこんな所だろう、ここはこんな人達が暮らすのだろう、これはこういう人がこのような部屋で何時ごろ飲むお茶の支度だろうと、ただ考えるだけで、実際に彼の地に旅行しようと微塵も思わなければ、考えもしない、アームチェアディディクティブならぬ、室内旅行のことだ。
そういう手合いのことを総じて、空想旅行家というのだと、いまこれを書きながら決めた。
 
空想旅行家のメリットは、一銭も手出しをしないで良い、ということに尽きる。
そして、疲れない。具合が悪くならない。何が楽しいのかさっぱり人に理解されない、という優越感を味わうことができる。これはなかなかレアな悦楽である。
デメリットは、思い出に残らない。美味しいものが食べられない。滞在中の食事は過去に食べたことのあるものの中で全て代用しなければならない。という経験値がものをいう、飽きようと思えばすぐ飽きてしまう点だ。
 
ところが空想旅行家を名乗るくらいなので、私はこの趣味にいっこうに飽きが来ない。
飽きもせず、気が向いたら、月の小遣いの中から、Amazonで素敵な写真のあちこちの街や町の写真入りの冊子を見つけては、ひっそり購入して、起き抜けのお茶の時間、寝る前のお茶の時間に、パラパラとめくっては、現実に存在しているけれど、どこにも存在しない私だけの街をうろついて楽しんでいる。
 
空想旅行家には別名があり、それは変わり者という名だ。
優しく言うと個性的でもいいかもしれない。
だが、変わり者も個性的もプロフィール欄に書くと、非常にカッコつけた感じなってしまうので、もういっそのこと絢爛な漢字をあてて、より凡庸な感じにすると、私の小物感が一層際立つので、空想旅行家とささやかに名乗り始めた次第である。
 
20231105 15:50 空想旅行家 エナメル
 
 
追記
私に海外旅行の経験がないのは、そういう理由です。すみません。
優しく、親切で明るい気持ちからの、私のようなものへの過ぎたお心遣いに、最大の感謝を込めて。