休刊 キム・ソクジン



休刊 キム・ソクジン 
あと2ヶ月ですね。
ARMYさん達も待ち遠しくされていると思います。
アルバコエルレアオクラータは花が終わりました。
無事のお戻りを待っています:)
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2023/11/28

この頃、買った本、読んでいる本


 
冬になったことだし、本を読もうかな、と思っています。
急ぎ勉強したいこともあるし、でも付け焼き刃になってしまってはいけないし。
そんな感じで、この頃Amazonで購入した本について。
 
以下リンクは全て手動Amazonリンクとなっています。
 
日本の歪み
養老孟司×茂木健一郎×東浩紀
講談社現代新書 1000円
 
Amazonリンク
 
なんですか? ←(笑)
 
いや、勉強するなら1流のものをと、誰かが言っていたので、頑張って読んでいるところです。
難しい内容なので、理解できるまで1年くらいかかるかもしれませんが、それでもチャレンジしてみようと思いました。
私には難しい内容だけれど、多くの方々に馴染み深い言葉で大変くだけた語り口で、注釈も親切なので、ほぼお分かりになると思います。
まだ最初の方ですが、難しいけれどとても興味深いし、面白いです。
 
考えるヒント 123 小林秀雄 文春文庫
 
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1巻
2巻
3巻
 
まだ1巻の途中です。言葉のセレクトがとても私に近く、多分小林秀雄に強く影響を受けた誰かを私はすごく読んでいるのでしょうね。
小林秀雄は教科書に載っていたはず。それを繰り返し読んでいたと記憶しているんですが、なんだったかよく思い出せないんですよね。読んでいくうちに、わかると思います。本居宣長だったかな?
1巻の嫌いについて。
私の読解では、
嫌い→(無関心(軽蔑)=不毛)
が小林秀雄が言っている嫌いの定理だと思います。
 
 
モオツァルト・無常という事 
小林秀雄 新潮文庫 590円
 
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あ、多分これですね。まだ開いていないけれど。私はこれを教科書で読んで、ああ、無常ってこれかぁ!と膝を打ちまくったんです。確か。
なんで無常について考えてたかというと、大デュマとなんか古文の無常観について知りたかったからだと思います。
 
人間の建設
小林秀雄 岡潔 新潮文庫 460円
 
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お前は本ばっかり読んで考え方が2Dでつまらない、と言われてすっごい悔しかったので、それで建築とか見てみようかな、と思った遠い日の思い出(無表情)。
なので建設とかそういう言葉に弱いので、ジャケ買いならぬタイトル買い。
こちらは話し合いが記録されている鼎談(ていだん)の本です。
話し言葉なので、わかりやすいかな、と期待している本です。
 
 
江戸前 通の歳時記
酒肴エッセイ選集 高岡卓 編
池波正太郎 集英社文庫 560円
 
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みなさん! この本の後半に、「お蕎麦を食べるときにツユに麺をちょっとつけるのが正解なのか、しっかりつけるのが正解か」が書いてあります!!!
長年の疑問がこれで解決されます。
また、そのページだけ池波正太郎の語り口がわかるんですが、ちゃんと「好きなように食べればいいんだけれども」と言っています。
その上でこうだよ?と教えてくれてるんです。
そういう人なんですよ。会った事ないけど。
また、和のコースの時、途中でお腹いっぱい、または、え、こんなに食べられない・・・。というときにどうすればいいか、書いてあります!
池波正太郎からオッケーが出てます!
読みましょう!
 
最後はふんわりした本を。
 
イギリスのお菓子とご馳走
アガサ・クリティーの食卓 
北野佐久子 二見書房 1800円
Amazonリンク
 
これは別れると思うんですが。
アガサ・クリスティーの著書にまつわる食についての本です。
レシピもあるものもあります。
クリスティーというと、ポアロやミス・マープルなんですが。
んー、殺人事件なので、苦手な方は、どうか無理をなさらないでください。
写真がカラーと白黒と両方充実してて、私はとてもこの本を大事に読んでいます。
黒ツグミのプディングは出てきませんが。
一体、どんな料理なのか、謎はつきません。(いや、読み方かなりズレてますよ。)
 
以上、この頃、買った本、読んだ本、でした。
 
 
 
 
 

2023/11/18

小林秀雄 / 考えるヒント1 冒頭部分のさっぱりした感想


 
 
早速Amazonで小林秀雄の考えるヒント全巻(文庫版)とあとなんだったか、面白そうなタイトルの文庫を取り寄せて、さっきおそるおそる開いてみました。
 
おそるおそる開いた理由は、吉本隆明の初期代表作を昔開いたら、冒頭の3行が、自分が3年くらい考えないと、とてもじゃないとわからないし、その基準点に行かないとどうにも読解できないことが、さらっと書かれていて、そこをわかろうとした時点で、え、これ、私、次の行に進めるの3年後ってこと?
と呆然としたからです。
その時間経過がおそろしすぎて、怖くてすぐ閉じたんですが。
運よく、その後、テレビがまだ部屋にあった頃だったので、生前の吉本隆明が講堂でお話ししている番組をメモをとりながら観たんですが、そのメモが、いらない紙で作ったリサイクルなメモが、大変な数になってしまい、これを繰り返し観ても、私がこの講演内容を理解できる日は、もう来ないだろう、という、不明の実感だけがわかったという、そこらのホラーよりもよっぽどホラーな現実だった経験からです。
結局、わからない、ということがわかった!という苦笑の体験でした。
その瞬間、吉本先生のことを、福澤諭吉かよ!と突っ込んだんですが、まさにそれは言い得て妙でした。
それくらい巨人だったわけですね。
 
いや、私の物差しの話です。
あのー、吉本先生のことを書いたり、言ったりすると、すぐ怒りんぼの人が一気に大集合してきて、このやろう!先生のことをそんな風に軽んじるな!的なことが発生するので、うっさいなー!と思いながらも、ビクビクしてそそくさと立ち去る(イメージ)が私のようなものとしては、基本姿勢です。
 
愛が熱いのは、いいんですけど。いいんですけども。
 
お馴染みになるのは、軽んじることではないんですよ。
ポピュラーであることは、決して堕落ではないんです。
 
ポピュリズム(で合ってますか?)は、対象と同一化しながら、対象を貶めるという、安心を得る逃避行動の結論ではありません。
違います。
 
アイデンティティの投影をせねばならない人間というのは、こんなにまず頑固ではありませんし、自分のスタイルを貫く宣言のタイヘン便利極まりない、「私は私」という現代用語を多用しません。
簡単に言うと、自己流に咀嚼して、読解を試みることで、より書物に記されている過去の一定数の平均値を叩き出そうという、「わかりやすく説明すると」を自分でやってるんです。
 
愛の問題は、私はよくわからないし、逃げますけど。
熱い愛が狭量であるという表現は、思考の伝播、その対象の存在が生涯をかけて証明していった、いわば存在証明のあれこれを、広範囲に流布することを、とても遮る行為ではないでしょーか!
 
私は、そういう考え方の人間なので、まずそこをご理解いただきたい!(いや誰?)
 
難しい書物を所有し、難しそうな漢字を並べ立てると、まるで自分がものをよく考え、深く理解し、特別な思考の持ち主のように、勘違いしそうになりますね。
これは音楽の話をするときにカタカナ用語を多用した場合と同じ、タイポグラフィの問題であって、自分の思考の力量の話でもなんでもないことを、自戒を込めて、書いておきます。
私のことを言っています。(うんざり)←みなさんとても寛容で親切だったのに、何が現実であったんだよ?(笑)
 
いや、学級会恐怖症(便利に言うな~(笑))なので、つい。
 
あんまり当てこすりとか書いてきた覚えはないんですけれど。
なんつーか、大昔に、身も知らないネットのこっち側の人間に、ご自身の生活も活動も不明だったとある方が、第一声で「僕は死なない」とまでおっしゃっていただけて、私は自分の恥に身がすくむ思いだったと同時に、そのお気持ちがとてもありがたかったことがあったんです。
このような方がおられることに、胸が熱くなったんですけれども。
で、その方の活動への批判とか異論とか、そういうのは全然、なんとも思わないんですけれども。
それは俎上の思考への論議であるので、私が出る幕でもないから、時々目にしても特になんとも思いませんでした。
私自身も、意を唱えたこともたった2行でしたけど、ありましたし。
 
でもですね。
どなたとか、そういう話ではなく、世の中という非常にデカいものの、成り立ち方の傾向・クセについて書きますけども。
 
先見の明とか最初からわかっていたとか、先駆者の自伝映画みたいなもので、無理解な群衆が繰り返し描かれているのを観て、自分は先駆者側で、石が投げ込まれてガラスガッシャーン!みたいな家の中のシーンで、自分はわかっているから!的な、立ち位置の人が必ず出てくるんですけれども。
まず間違いなく、自分もそっち側だ!つって思いたい気持ちは私にもありますけど。
 
数のカウントをしたら、群衆の方が圧倒的に多いわけで、それは統計なんですよね。
 
それが実際に、この現代にもちょいちょい起こっていて、他のことで、私もわからないから、群衆の側で首をかしげたり、おかしくねーか?みたいなことを書いたり言ったりしたこともあるんですけれども。
それでもね?
 
その方は批判されることもたくさんあったようですけど。
現在、私でもわかる程度に、その方が主張して、その方が実行していたことが、結局、それは正解だった、っていうことがあったんですよ。
そして、その方が成功をおさめているのは、知ってる人は知ってるはずなのに、そのことは丸無視で、変じゃないかなぁ、とは、若干苦々しい気持ちではいます。
 
いちいち謝罪とか間違っていた表明をしろとか、そんなんじゃないんですよ。
学級会じゃあるまいし。
 
でも、自分も群衆の側にいるのかもしれない、ということは、もうちょっと前提として持っておくべきじゃないんでしょーか。私も含めて。
 
そして自分は常に、割られたガラスの中にいる人間だ、そのはずだ、っていう前提を知らず知らずのうちに信じ込んでいることは、王様は裸だ!と言っていた少年のイメージだけに同化して、自分をそこまで信じ込むというのは、危険じゃないですかね?
とは思っています。
 
私がそう思うのは、こんな知りもしないくだらねー奴に、胸の熱くなることをしてくださった、その方の人柄の部分であり、俎上の議論の着地点から、私が思考した結論でもなんでもないから、私の目ん玉にも銀紙がぎゅうぎゅうに詰まってることは、自覚しております。
 
ただ、葉っぱ1枚で暮らしたがっている人が、そうするのはその人の勝手であって、私は別に関係ないからなんとも思わないけれど。
それを人に圧力のように、さも真理のように、ただ単にその人達が信じ込んでいる正しいマナーだっていう話なだけのことを、いつまでもいつまでもお題目のように唱えちゃあ、自分は必ず割れたガラス窓の部屋にいる人間である、と疑いもしないのは、私は現実見てない人だなとしか思わないし、かなり傲慢なように、2023年現在は見えています。
 
解がいつまでたってもわからない私に、投げるロープの一端として、その言葉をおっしゃってくださった方々のことを言っているのでは、もちろん、ありません。
 
これをポジショントークというのなら、フェアであることを追求していく先というのは、一体、何を切り出すのかな、という正真正銘の、純度100パーの疑問を、いまは抱く感じです。
 
あの日、やじられたことや、からかわれたことなんかとっくに忘れてて、私が、苦い気持ちを抱いているのは、このことだけです。
 
それとこれは世界の方に申し上げたいことなんですが。
 
すぐに恋愛とか欲情とか欲望とかに結びつけたいのは、それは単にあなたご自身の価値観であって、人が途轍もない美しい人間を前にしたら必ず恋愛感情を抱くものだ、誰もが多数決でセクシーである、かっこいいと判断するあらゆる条件を持っている人間を前にしたら、人は自分の理性に打ち勝てないだろう、っていう思い込みを自己紹介に使うのはご自由だとは思います。
ただ、この国にいる、恥ずかしい人間の私は、そういうことは小学生の時に済ませておいてくれ、としか思っていません。
 
そして、そこに明らかに「みくびり」というものが存在していることを、もう少し自覚していただけると、助かるなとは思っています。
 
私は、やみくもに尊敬を全面に押し出してくる物事や人には、警戒心しか抱かず、その場をそそくさと立ち去るタイプのものですけれど。
 
 
小林秀雄の冒頭部分の感想に戻ります。
 
それで、お前、そんなんでよく小林秀雄だな!という突っ込みがまた世界中から寄せられるわけですが、まあ、冒頭部分に、、なんと小林秀雄はエドガー・アラン・ポーを原文で読んでいた上に、その翻訳を学生の時に売ってお金を稼いでいたのだから、なんとも格好の良いインテリジェンスな遊び方だなと、感心しました。
まだまだ冒頭の部分ですけれども、ポーのことは肯定的に語っていて良いんだ!と、エドガー・アラン・ポーや江戸川乱歩の怪奇冒険譚をよく読んでいた、制服を来ていた小さな私を肯定してもらえた気がして、でーすーよ・ねー? とニヤニヤしています。
 
また小林秀雄の顔を見て、ハンサムだしねぇ、と思われる方は思われるかもしれませんが、私は本を買う時に初めて小林秀雄の顔を知りましたし、とてもスノッブなルックスで素敵だな、と思いますが、好みは、荻原朔太郎かな?(笑)
 
 
 
 
 
 

2023/11/16

スターバックスと池波正太郎

 
相変わらず、池波正太郎のエッセイを読んでいます。
ガッツリ一気に読むのではなく、休み休み、私の部屋の中のお気に入りスポットに置いておいて、読みたくなったら読む感じです。
 
グルマンであり、もののわかった方であり、粋な流儀に大変
詳しい方で有名ですので、私が若者だった頃に見聞きした、
 
食に関する考え方やお蕎麦屋さんでの作法、天ぷら屋さんではどうするべきか、お鮨を食べるときはどんな感じがいいのか、
 
そういうことは、全部池波正太郎発だったんだな、と、なんとなく抱いていた違和感と、で、その先の説明はないんですか? というもの、それでそっから前のハナシは一体どういう流れなんですか? という疑問が、池波正太郎のエッセイを読んで、一気に解決しました。スッキリ。(回し者ではありません)
 
そんな池波正太郎先生は、資生堂パーラーがお好きで、小学校を出て働き出してまもない頃、自分のお給金で資生堂パーラーで洋食を食べていたというから、大変なモダンボーイだったのだな、と思います。
 
この世界にスターバックスが現れた頃には、池波正太郎は、もうこの世に暇を告げた後だったのですが。
 
私は、資生堂パーラーに行くほどの方なので、もしご存命であれば、スターバックスのラテを必ず試されたのではないかという、ほとんど確信めいたものを読者として抱いています。
 
晩年の池波正太郎がどのような性分だったのか、そもそも池波正太郎自身が、エッセイの中とは別に、現実ではどのような風の方だったのか、私は知るよしもありませんし、特に調べようと思いません。
 
なぜなら、文章を書くというのは、アマチュアの私にとって、それはどこにも存在しない、ステージの上に立って、並いる観衆に向かい、その瞬間瞬間にいいと思った、たくさんの中からセレクトしたペルソナをかぶったまま 、口上を述べている状態なので、そこから降りてペルソナをさっさと外し、一服しようとポケットを探る時の顔を見ても、こちらは街のあちこちの壁に貼られたポスターに乗せられ、来場して席に座り、ステージ上の姿を見に来ているので、特に興味を抱かないし、見せられても逆に困ってしまうからです。
 
なので私がここで書く、池波正太郎像は私の見ている池波正太郎像でしかないのですが。
 
その中にもいくばくかの、本人の味のようなものが滲み出ているはずと信じたいので、私は、私の頭の中の池波正太郎について、きっとスターバックスを試しただろうし、アプリを導入しただろうし、ウーバーイーツの配達員さん達の姿に、昔の自分を重ねて、チップを弾んだり、時には話せる大人として、ちょっとしたひと言をかけたりしたのだろうな、と想像しています。
 
何か随分と、古いものだけを尊び、新しいものを嫌う、という変なイメージがまかり通っているみたいですが。
 
エッセイの中で池波正太郎が見せた流儀を、私が誤読していなければ、まず間違いなく、スターバックスに行かれて、カスタマイズまでとても上手になさっていたし、スターバックスのコーヒーの妖精さん達は、そんな池波先生のことが大好きになっただろうと、私は考えています。
 
読書予定としては、小林秀雄をちゃんと読んでみようと思います。
教科書に載っていたのを阿呆のように繰り返し読んで、反芻していたのに、いやまずは著書を読んでみてはどうか? ということに、何十年も気がつかずに来ていた私に、知恵をくださり、ありがとうございました(笑) 
気がついてないことに気がつけた瞬間、びっくりして、笑いました。感謝です。

 

追記
相変わらず、なにがなんだか、よくわかっておりません。
 
ですが、ずっと気がつかないふりをしていた、ワールドワイド悪目立ちなバカとしては、こっちに行くべきなのでしょう。
 
私は遅刻が大嫌いなのですが、自惚れ承知で書けば、ずっと長い間、先回りしてわかるようにしてくださっていたことに感謝しつつ、まずは小林秀雄から始めて、追いかけます。
療養していたので、あまり刺激的なものは読めませんでした。
 
レヴィナスは、私にはさっぱりわからず挫折しました。
 
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※後日注記:いろいろな層の方が読まれるのを考え補足いたします。直しの前に書いていた「何言っているのかさっぱり分からず」ですが。
これはレヴィナスが論じ提示している内容を侮辱しているのでは全くなく、私が理解のかけらもできなかったという意味です。
レヴィナス先生、門下生の方々、 門弟の方々、多くのフォロワーの方々へ、そのようなつもりが毛頭なくても誤解を招きやすい表記をしたこと、ご不快なお気持ちにさせてしまったことを、謹んでお詫びし改訂させていただきます。
(20240218 18:56 エナメル記)
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葉隠は面白かったという記憶しかなく、多分、そう目新しいことを発見できませんでした。
粋の構造学は、文字というか随想をグラフ化することのほうが面白いと思いました。
 
いまは調子を崩しており、メディアに全く触れられておりません。
図書館でファンフィクションの資料をどっさり借りてきたので、それをデータ化して、取り組む予定です。
いま、11月ですので、1月中には全部整理はつくと思います。
 
せめておっしゃっていることを理解できるまでの時間を、1ヶ月に短縮できればと思っています。
 
あと、天下の大変すぎる方がなぜか気にかけてくだすっており、怖ろしくて著書を拝読することができておりません。
どうか、これ以上、私に知識のご厚意を下さりませんよう、どうかどうかお願いしていただけないでしょうか。いま書いているだけでも、冷や汗がでます。びっくりしすぎてどうすればいいか、見当もつきません。
 
涙が出なくなったら、伺います。
これ以上、情けない姿を見られたくはありませんので。
 
だから、長生きしてください。絶対に生きててください。
ご健康にくれぐれも御留意ください。
 
絶対に気をつけてください。
夜は重いものは控え、朝食はバランスよく、サプリを活用し、月に一度は健康診断に行き、天気のいい日は、1時間は歩き、朝と晩は足の筋にくれぐれも気をつけてストレッチをし、熱いシャワーは控え、お酒もほどほどに、タバコはやめてください。 
 
苦手な季節を前に、必ず住環境をご自身に合うように整えることを習慣としてください。
季節ごとの模様替えはとても重要な予防生活習慣です。
 
安全運転を必ずし、コーヒーもいいですが、爽健美茶や黒烏龍茶をお飲みください。
体質が変わりますので、アレルギーテストを定期的に行い、服薬の副作用には気をつけてください。
気圧の変化にも必ず気をつけてください。血圧と深く関わりあります。
 
体に合った服は、AmazonやZOZOTOWN、SHEINでメジャーを準備して購入してみてください。
ユニクロの通販はとても優秀です。
あと靴はいいものを履いてください。自転車はやめてください。運転も安全運転をして、常備薬は車に置いておくこと。
インフルエンザワクチンは年1、マストです。
 

わからないことができたら、ここに書きます。
ですが、ほとんどのことは調べればわかるはずですし、勇敢な方々にお手を煩わせるわけにはいかないので、どうしてものことだけ書くようにします。 

お考えや思想とは全く違うものではありますが、とにかく頑張って追いかけます。
 
それでは、失礼いたします。 
くれぐれもご自愛くださいますよう。
 
エナメル