休刊 キム・ソクジン



休刊 キム・ソクジン 
あと2ヶ月ですね。
ARMYさん達も待ち遠しくされていると思います。
アルバコエルレアオクラータは花が終わりました。
無事のお戻りを待っています:)
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2024/04/10

人のセクシャリティは、どうでも良い・本日の雑記(不定期)


ひょんなことから教えて頂き、何か誤解があってはいけないと思ったので書きます。
 
私は、中学生とか、ひょっとしたら小学校6年生くらいで倉橋由美子を読み始めました。
 
倉橋由美子が当時よく手がけていたのは、桂子さんシリーズ、と呼ばれる、「桂子さん」というスーパーヒーローが出てくる、「夢の通い路シリーズ」です。
 
主人公の桂子さんは、ご自身のことをそう評する人達への冷たい眼差しとして、時折、自分のことを「端倪(たんげい)すべからざる女」と表情のない声で言ってのけます。
 
「端倪すべからざる女」とは、御免こうむる女、という意味だと私は読解しています。
 
いまでは、そんなことをたとえ陰であっても判じられれば、怒ったり声をあげたりするような、実に卑しい評し方ですが、桂子さんは、同性が当然反応するであろう、その声の大きさ自体をも冷たくとらえているパフォーマンスとして、そういう言い方をします。
 
おそらく本当は、大声をあげて抗議しても良いに決まっている事柄に対して、おっ?と相手の戦意を喪失させるやり方として、麗人の桂子さんはご自身のことをそう言ってのけるわけです。
 
感情的にはなりませんよ。
私ほどの女をそう言うあなた達みたいな輩(やから)を私はこのように解釈しています。とでも言っているみたいです。
 
制服を着ていた頃の私は、倉橋由美子の小説の舞台となる、典雅で教養に満ちているにも関わらず、モダンで洗練された世界観に憧れを抱きました。
ですが、これほどのことは到底真似ることは出来ないと、一読した後に識ったのを今でも強く記憶しています。
 
昔、頭の柔らかい時に読んだ小説ほど、強く身体と感覚に染みこみ、そこからまず抜け出すことが、読書の第一歩と言われたり、作文のモチーフ選びの前提と言われていましたが。(いまは違いますか?)
実は、私は倉橋由美子を愛読してはいましたが、倉橋由美子の価値観や思考には、このような手の届かない世界があるのだな、と関心するばかりで、あまりにも隙の無い舞台構築に圧倒されっぱなしのまま、倉橋由美子を読書する時期を終えています。
 
いま思うと、私は当時読んでいた倉橋由美子の世界から、というより、
圧倒的な世界観に触れたときに、それをどう読書していくか、という、
文学と対峙したときの、独自の距離感覚を養っていったのではないか。
その距離感こそが、私が初期の読書から影響を受けていたものではないか、と思います。
 
例えば、私が婚姻制度や性生活、個別のセクシャリティに異様にフランクなのも、この距離感からきて居るんだと思います。
きっと、いまではHSPと呼ばれる自分の特性である過敏な震えを、強い読書体験からガードする方法として、この距離感を持つようになったのだと思います。
 
私がネットで書き散らしてきた話題の傾向として、強い話題、欲望にまつわるあれこれ、スキャンダラスなものについての様々なことを、より距離を保ち、乾いた視点で語っている特徴を持っています

 
その理由は、倉橋由美子を読んだ多感な時期に己れで編み出した、読書世界でのあらゆる価値基準に、一定の距離を保ちながら、構築された世界を楽しむやり方を、知らず知らずに身につけていたからです。
 
なので、倉橋由美子を多感な時期に読んでいたのだからといって、すぐに、倉橋由美子の読者は皆、その世界観を彩るあれこれを真似していただろう、と思われるのは、少し短絡ではないかと思います。
 
私は、その流れから、現在でも人のセクシャリティは、どうでも良い、とするニュートラルな立ち位置から、決して動きません。
 
「どうでもいい」のでは無く、
「どうであっても、良い」の「どうでも良い」です。
 
そんなことは、必要なときに必要な者同士が確認し合えばいいことで、
普段からセクシャルマイノリティの運動や、価値観の頒布をなされていないのであれば、
わざわざ他人の性動向やセクシャリティの個別に興味を持つ必要など、断じてない、という考えを私は持っているからです。
 
だって、これからあなたとベッドインしないんですから。
 
 
20240414 10:16 わかりにくいところを直しました。
 
 





2023/12/30

ムダに軽いお兄さんの思い出

  
フェイクをかけて書きます。
 
そういえばさっき、突然、思い出したんですけれど。
 
私は、女の子と呼ばれる時期のどこかで、ものすっごい変なお兄さんと、ちょっと仲良かったことがあったんですよ。
 
どんな人かというと、ムダに軽いお兄さんで、けっこうハンサムで女の子に人気があったんですね。
でも、真剣にお付き合いしているのは本命彼女一人だけで、後のそのお兄さんが好きな人達は、つきあいでそのお兄さんのことを好きだってアピールしているだけで、本人もそうじゃないと彼女にフラれてしまうので、そういう人限定でモテているという、ひっじょーに変なお兄さんだったんです。
 
なにやってたんでしょうね、
私はそこに入ってませんでしたけど!←憎たらしいな、おい。
 
で、なんだってまたそのお兄さんと、一時期だけですけれど、仲良かったのかな、と、さっき、思い出そう思い出そうとしてたんですけれど、なにがきっかけだったか忘れちゃってて思い出せないんですね。←ひでぇな、お前。
 
でも、それで別に済まなそうになる必要は全くない程、なんだか陽気で軽くてハンサムな顔でおしゃれで、多分ですけれど、頭の回転が早い人だったんです。
 
いままでずっと忘れてたんですけれど、あんまり覚えている必要もあんまり感じないほど、軽くて冗談ばっかり言ってる、明るい方でした。
あまりにも急に思い出したので、ひょっとしてどこかで急に死んじゃったかなんかで、お、そういえばあの変な子は元気かな? って部屋を覗きにでも来たのかなっていうくらい、さっき突然、思い出しました。(いや、書き方)
 
ええ、これくらい書いても大丈夫なほどに仲が良かったんです。
 
本当に軽い人で、気がついたらそばに来てて、なんか思い出せないような、どーでもいい冗談言って笑わせてくれたり、爆笑させてもらったりしてました。
それでこっちが笑い終わって、はあ、と涙を拭いてそっち見たら、もうどっか行ってるんですよ。
 
いったいナニしに来たんだろう? 
てゆーか、いまのは? なんか用があったとかじゃなくて?
と、いっつもポカーンとするような、ムダに軽くて素早くてマメな、本当に隅から隅まで、わけのわからない人でした。
 
それで、私は、というとですね。
いまでこそ、いっぱしのポンコツですが。
その頃は、いっつも、しら~っとしていたんです。
スカしてたんだろうし、やっぱり色々なことに身構えてたし、爆笑はするけれど、そのお兄さんのことを文字通り少し離れたところで
「・・なにやってんのかな、この人?」
というシニカルな目で見ていました。
 
きっとそれが面白かったんでしょうし、気楽で気をつかわなくていいから、たぶんラクだったんでしょうね。
 
書きながら思い出しましたけれど。
なんかですね。
ある日、突然、腕時計を見せてもらったんです。
私は腕時計が好きですから、いいな、こういうの欲しいな・・・、と思ってジッと見てたら、いっつもあからさまに相手にしない私が、めずらしく興味を示したのが、また面白かったんでしょうね。
「いる?」
って訊かれたんです。
結構高そうな時計だったんで、
「いやいや、もらえませんよ」
と言いながら、あともう一回言ったらもらおうかな? とか考えていたら(遠慮とは? 奥ゆかしさとは?)、ニヤリと笑って、
「この時計には俺と付き合える権利がついてくる」
って言われたんですね。
 
ナニを言い出すんだよ。と、うまくてパンチの効いた返しを必死で考えてたら、何か、いい感じのことが、その時頭に浮かんだんですね。
それで、言ってやれ!と口を開いた途端、
「ブー!タイムアウトーっ!あーあ、残念。俺と付き合える機会逃しちゃったねー!」
って言って立ち去りかけたんです。
そしてすぐ振り返ってニヤニヤ笑ってるんで、コ・ノ・ヤロウ・・・、と思って、何か可愛くない返しをしたらですね、すっごい爆笑しながら立ち去っていったという、本当にくだらないことを、いま思い出しました。
 
なんというムダな軽さ!
なんというバカバカしさ!
なんという誠意のかけらもなさ!
なんというしょーもなさ!
 
の四冠王だったんです。
バカか!バカだったのか!(笑)
 
そういう意味わかんないことを、さっき突然思い出しました。
 
まぁ、そんなおかしなお兄さんも居たので、私の日々はけっこうくだらなくてバカバカしー毎日でしたよ、ということを申し上げたくて書いてみました。
 
ホントなんだったんだろう、あのお兄さん。(いや、だから書き方)
 
いやー面白かったです。
あんまりいないですよね、ああいう人類。
 
さっきまで、なんだか今年は大騒ぎな一年だったな、としんみりというかグッタリしていたんですけれど、最後に本当にバカバカしーヒトのことを思い出して、思わず吹き出したので、きっとこんな感じなんでしょうね(笑)←?
 
みなさんの一年はどうでしたか?
美味しいものは食べられましたか?
面白い物語には出会えましたか?
ゆっくりできましたか?
 
今年は、ここでの話題は、重たい話題やドン引きする話題が多かったので、驚かれた方も多いと思います。
来年は、ひっそりと楽しい、いつもの毎日にしようと思っていますので、どうか来年も変わらずお付き合いいただけると嬉しいです。
 
毎年恒例の冬休みは、12月31日から明けて1月15日までいただきます。
再開は、1月15日の13時を予定しています。
 
それまでどうかお身体を大切に、ゆっくり心と頭を休めて、ふんわりとお過ごしください。
 
それでは、2023年、今年も1年間ありがとうございました。

来年もどうぞ気軽に、何が何だか相変わらずよくわからないエナメルの、のんべんだらりとした当ブログをよろしくお願い申し上げます。
 
それでは、また1月15日13時に!
 
 
エナメル
 
 
追記
3年間黙って見ていて、ネットって若い方は変わらず入ってきている状態で、上の年齢層が拡大して行っているので、どういうことかお分かりになる方のほうが多いですし、大丈夫だろうと思って、あまり説明せずに書いたんですけれど。
 
ひと晩明けて、読みなおした時に、ひょっとして心の美しい方々はとても良いふうに誤解してくださるかもしれないな、と思ったので、追記します。
 
ムダに軽いお兄さんの、フェイクをかけたバカバカしーことこの上ないやり取りですが。
当時、私もお付き合いしている人が居たので、そういう美しいラブストーリィのような、心理の動きでは全く←(笑)ありません。
 
時計が欲しかったので、うまいこと言ってせしめてやろうと私は思っていたし、ムダに軽いお兄さんのほうは、時計を欲しがっていた私のことをからかって、時計欲しさに急に慎重になった私を爆笑していたんですね。
(遠慮とは? 日本人の美徳とは? )
 
そういう話です。
 
すみません、昔から心が汚れていて(笑) 

20231230 10:17 追記

 
 
20231230 12:50 誤字をなおしました。

 
 
 

2023/09/09

近況報告と最近買った本


 
 
こんな時間に更新しています。雑記です。
 
 
わあ、あっという間に1週間が過ぎてしまいました。
 
 
ここでの、なんだかよくわからないイベント終了後、ちょっと「もぬけの空」になってしまって、ゆっくり休んだ後は、部屋やベランダの環境を整えることに集中していました。
 
日中は暑いままですが、といっても、私の住む街では、9月に入り、異様な暑さはそれほど続かなくなっています。
 
朝晩は秋の気配が日に日に濃くなっていて、やっと苦手な夏をなんとかやり過ごしたので、いまから来年の初夏までのベランダ植物計画を立てて必要なものを買ったり、読みたかった本を買ったりしています。
 
そう。
つい1週間前くらいに私も知ったんですけれど。
 
9月10月は、ガーデナーにとって勝負月間なんです!
ここで来年春までのガーデニング計画を立てるそうなんです!(知ったばっかり)
 
なので、出遅れてはいかん!とばかりに、
威勢のいい法螺貝サウンドを心に響かせながら(出陣)、
モニターを焼き尽くすほどの情熱で、バラの大苗のバーゲンに参加したり、球根を買ったり、必要なガーデニンググッズや土や植木鉢をAmazonで購入したりで、私の9月と10月は園芸一色です!(鼻息ムハーッ!)←疲れていたのでは?
 
あと、おせち料理の手配も済ませました。(なんの報告?)
私は今年は、郵便局のネットショップで決めましたよ。
 
参考リンク
郵便局のネットショップ様
 
 
いま申し込むと、割り引きが適用されるので、気になる方はご覧になってみてくださいね。(回し者ではありません)
 
あと、ついこの間わかったんですが。
Amazonの検索欄で「雑貨」とざっくり入力してサーチすると、雑貨がたくさん出てきますね。
 
おかげで、今年の夏のあまりの暑さに、「雑貨屋さんに行きたいのに・・・」と思っていた私の雑貨マインドは、かなり満たされました。
 
見てるだけでも楽しいので、まだの方、もしおられましたら、「雑貨」でAmazon検索かけてみてください。
ハワイアン雑貨とか、アンティーク雑貨でもバンバン出てきますね。
 
楽しく見ながら、「そういえば私の部屋には雑貨がほとんどない・・・」ということに気がついて、安く、こういうの好きだな、と思ったものを、お財布と相談しながら、あれこれ購入しました。
 
ついでに、今年の秋は本を読みたいな、という気分なので、Amazonで文庫2冊とガーデンストーリーの冊子を1冊買いました。
 
文庫は、「整える力」と「日曜日の万年筆」の2冊を購入しました。
 
「整える力」は読了、「日曜日の万年筆」は半分くらいまで読み進んでいます。
 
 
「整える力」
升野俊明 (Syunmyo Masuno)
 
手動Amazonリンク
 
 
「整える力」は、著者の升野俊明氏は禅のご住職であり、庭園デザイナーであり、多摩美術大学の教授でもあるという多才な方です。
 
その升野氏が、禅の教えから「養生訓」を気軽に読める短さで、わかりやすく紹介している本です。
 
私は、若者だった頃から、最終的に禅にたどり着く枝葉のその先のものがすごく好きだったし、興味があったんですね。
で、その後、ずっと経ってから、ああ、私は禅の考え方に共感する部分が多いんだな、ということに気がついたんです。
それで、もうずっと前ですけれど。
コンビニで、禅の薄いムック本が出ていたんです。
それを買って読んだりしていたんですが、本腰入れて調べようとはしていなかったのが、この間、Amazonでふとこちらの「整える力」を見つけて、禅の考え方で「整える」ということはなんだろう、と思って購入しました。
 
面白かったです。
新しい発見や、これは真似しようということもありましたし、私はもともと禅には全く詳しくないですけれど、その考え方やセンスに共感する部分があるので、私にはとても面白い本でした。
それにとても読みやすく、1項目が半ページから1ページにまとめられているので、時間があるときに開いて、読んでいける造りになっているのも、すごく好きでした。
 
興味がある方は、よろしければ。
 
 
「日曜日の万年筆」
池波正太郎 (Syoutarou Ikenami)
 
手動Amazonリンク
 
 
こちらは言わずと知れた大作家:池波正太郎のエッセイです。
「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」でお馴染みの、稀代のストーリーテラーにして名文の大家、そしてグルメでも有名な方ですよね。
 
池波正太郎は映像では好きなんですが、原作は恥ずかしながら未読でして、この度、池波正太郎を読もう!と思い、まずはエッセイから始めています。
 
私は、ノスタルジックなもの、古い建物などを愛好しますが、昔は良かった、とする価値観とは、違う意見を持っているんですけれど。
 
こちらの「日曜日の万年筆」で、池波正太郎の目に映っていた「日本の街や町で失われつつあるもの」は、私には、ただの「昔は良かった」という追憶の心だけではないと感じました。
意見は違いますが、とても重要で、知っておくべきことが書かれている、と、大切に少しずつ読み進んでいます。
 
グルメの話もたくさん出てきますので、おいしいものの話を読みたいな、という方にもオススメします。
 
まだの方、もしおられましたら、こちらも良かったら。
 
 
最後の本は、
 
「植物と暮らす12ヶ月の楽しみ方」
ガーデンヒストリー
 
手動Amazonリンク
 
 
こちらの冊子は、グローバルレーティングの数(日本でいう評価の数ですね)が群を抜いていたのに驚き、レビューを読んで購入を決めました。
見ているだけで楽しいし、気持ちが穏やかになれる、というレビューがあったので、ちょうどそういう本を探していたので、いいタイミングでした。
 
園芸内容の充実と参考度の高さ、月毎に”植物にまつわる手仕事”の記事の詳細さ、例えば、草木染めの作り方やスワッグや季節ごとのリースの作り方、収穫した実や花の使い方について紹介されています。
そして何より、掲載されている写真の力の入り具合に、買って良かったなと喜んでいる1冊です。
 
全部を実行できればいいんですけれど、まずは、盛りだくさんなガーデニング情報と、美しい写真を眺めて、気持ちの潤いをチャージしています。
 
植物に興味がある方にとって、非常に力になる情報で溢れかえっている良書だと、私は思います。
 
こちらも、よろしければ。
 
なぜ、あちこちの方向から、自分の環境を整えなおしているのかというと。
 
夏が苦手な季節なんですけれど、夏前と夏後、ちょうどいまくらいから1ヶ月は、すごくコンディションが悪くなるんですね。
 
なので、そういう時は、日常生活の範囲内では、もう刺激のあるものには一切触れないで、自分のコンディションが良くなる、静かな、好きなものに触れたり、言葉が乗っていない音楽を聴いたりして過ごすのが、私の場合は1番なんです。
 
それで、コンディションを崩す前に、先手を打っているというわけでした。
 
そうやって自分を養生するためのあれこれ、カードを揃えておくことは、私は、ですが、とても役に立っています。
 
 
 
以上、近況報告と最近買った本、でした。