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うっかりカツカツやって来て、うっかり居ない。( By O.)
 

2023/07/30

う のつく食べ物

 


 

 

日曜日なので、穏やかな内容を書いています。

 

 


 

 

写真は、クレマチスのピンク・パッションの2番花。(という言い方が合ってるかどうかわかりませんが)

私見ですけど、多分、夏の暑さのせいで、こんなに鮮やかな色になってるんだと思います。私は淡い色より、この花姿にはこのくっきりした色が合っていると思います。

 

 

 

さて、今日は、土用(ここだけ良い声、イケボで読んでください。)ですね。

 

日本では土用の丑の日(うしの日)に、”う”のつく食べ物を食べる習慣があります。

 

いま確認のため、土用で検索してヒットした、阪急百貨店公式通販 HANKYU FOOD 様のページに、やはり、土用といえば鰻を食べるのがお約束ですが、”う”の付く食べ物を食べるのがいいとされているようです。

 

 

日本では、古来より丑の日に「うの付く食べ物」を食べると縁起がよいとされ、うの付く食べ物を食べて無病息災を願うという習わしがありました

 

阪急百貨店公式通販 HANKYU FOOD 様

https://web.hh-online.jp/hankyu-food/blog/sweets/detail/001464.html

 

 

で、一番思い浮かぶもので、大体の方が好きなのは「うなぎ」ですよね。

 

あと、「う巻き(うなぎが入った巻き寿司。とても美味しい)」「梅干し」「うり(きゅうり)」なんかもありますが。

甘党の方向けには、私は「ういろう」でもいいと思うんです。

 

なので、うなぎ、実は苦手で・・・。とか、

今日は脂っこいのはちょっと・・・。

という方は、ぜひ「ういろう」を試してください。

「外郎」と表記されるアレです。駅ビルに大体ありますよね。

 

ういろうってそもそも、どこの名産? と思って、ウィキぺディアを調べたら、けっこう日本全国に産地があって、写すのに心が折れたので(笑)、気になる方はウィキに飛んでください。

 

土用の丑の日、これからは「ういろう」もひっそりと広めていきましょう!

えいえい、おー!(謎のういろうプッシュ)

 

 

 

うなぎに話は戻りますが。

 

私はですね。

うなぎなら、せいろ蒸し派です。

 

ご存知ない方向けの説明。

ご飯の上に錦糸卵を散らばせて、その上にうなぎを乗っけて、さらにその上から美味しいタレをかけて、せいろで蒸す!という、タイヘンオイシイ食べ物です。

 

どうしてせいろ蒸しかというと、大人になって、自発的に「うなぎでも食べるか・・・」と思った時に、最初に食べたのがせいろ蒸しだったからです。

 

お分かりのように、うなぎをお店で食べる、というのは、日本では、いっぱしの大人の食事として憧れられているので、私も若者だった頃に背伸びして、そうしたわけです。

 

 

で、うなぎって、夏の土用の丑の日がお馴染みですけれど、旬は冬なんですね。

なので、せいろ蒸し、初めて挑戦という方は、私は冬をおすすめします。(ごめんね平賀源内)

 

とは言っても、もう日本では、夏のうなぎがお約束なので、スーパーでもコンビニでも、土用の丑の日、2023/07/30になりますけれど、この日の前後は、うなぎ料理の「うな重」「せいろ蒸し」が並んでいますので、買い忘れていた! という方は、そちらに行ってみてください。

 

 

私はですね。

もうテイクアウトを予約したんで、安心して書きますけど。

 

普段のうな重は、”吉牛”、一択です!

 

いや、美味しいお店もたくさんあるんですけれど。

吉野家の鰻重、美味しいんですよ。

美味しいですよね? 吉牛のうなぎ。

 

 

配達ならウーバーイーツや出前館で、吉牛に直に行ってテイクアウトなら、なんといまスマホで予約できるんですね!

PCで吉野家の公式に行って、テイクアウトスマホ予約メニューをクリックすると、QRコードが表示されますので、それをスマホで読み取ります。

 

参考リンク

 

吉野家 公式サイト

https://www.yoshinoya.com/menu/

 

 

するとテイクアウト専用の吉野家のサイトが出ますので、近隣の店舗を選んで、お店で受け取りたい希望日時を設定して、注文します。

お会計は、私がやった時は店舗での支払いということになっていました。

そこは、臨機応変にやってみてください。

 

この注文の流れでは、会員登録は特に求められませんでした。

ハナシ早くていいですよね。パッとできて、私は好きです。

もちろん、他のメニューもありました。

 

 

それと、今、思いついただけで、試したことはないんですけれど。

 

これ鰻重を頼んで、とろろ(吉牛では夏はとろろがあります。)を単品で頼んで、鰻重の味変(あじへん)で上からかけて食べたら、美味しいんじゃないでしょうか?

 

多分、これ美味しいです。

いま検索したら、最初にヒットしたところで、"とろろ"と"うなぎ"の組み合わせは、美味しいってありましたしね。

 

・・・間違いなく、美味しいやつだと思います。

よろしければ。

 

 

 

暑いですね。

どうしたんでしょうね、この暑さ。

なんでも世界的に暑いみたいですね。

 

できる限り、暑い時間帯は外出を避けましょう。

そして、出かけた時は、アイスクリーム、シャーベット、ポカリ、アクエリ等の買い足しを忘れずに!

 

もうね、節約とか、電気代が、とか心配はあるとは思うんですが。

 

 

暑いからいいんですよ!(断言)

 

 

いいんです、暑いんだから!(断言2

 

 

他のところで節約をして、今年の夏も、私は例年以上に、体温を下げる各方面に力を注いでいます。

 

暑さを甘くみて、病気になってしまっては、元も子もないので、どうか、今年は異常な暑さだという認識をして、そこに対応した夏の生活をしましょう!

 

 

それでは、うなぎの人も、う巻きの人も、ういろうの人も、

 

素敵な日曜日をお過ごしください。

 

 

 

ちなみに、うなぎは英語で「eel」だそうです。

unagi」じゃないんだ? と思った方、

私もそう思いました(笑)。

 

 

 

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20230730 14:41 誤字をなおしました。

 

 

2023/07/29

日曜日の投稿を続けている理由

 


 

 

ああだこうだと説明するのが、私はあまり好きではありません。

 

黙って何をやっているのか見せるのが一番いい、と考えているからです。

 

どんなことをやっても、わかってくれない人というのが世界には一定数います。

 

そして、意図的に、わかろうとしない人達というのもいます。

 

そういう方向に、わかってもらおうとする暇があったら、やろうと思っていることを、ただやり続ける方が、時間の使い方として有効だと私は思います。

 

私のそういう性格や価値観をわかっていてくださる方はわかってくださっていますし、私自身もそのことを事実として知っています。

 

 

ですが、人を不安にさせているのかもしれない。

 

そして、とても警戒している人達がいるのかもしれない。

 

そう思ったので、今日は、日曜版(私はそう呼んでいます)を続けている理由を書きます。

 

私は、月曜日というのが、ネットに多くいる、いま日常をうまくやれていない、たくさんの事情を抱えている人たちにとって、ものすごく大きなものであると、もうずっと前から気がついていました。

 

なので、この場所で、何か私の力量で、そのことをどうにかできないかと思いました。

 

そういう人たちは、私が過去そうであったし、いまもそうであるように、とても鋭敏な部分を持っています。

 

色々な刺激に対して、あまり免疫がない状態に「いまはある」、という状態です。

 

そういうとき、どういう感覚かというと。

過去にとあるミュージシャンが言っていた表現を書きますが、「全身の皮がめくれてしまっている状態」なのが、この感覚です。

 

精神的にそういう状態にはいっていると、私は考えています。

 

その是非とか、なにか原因を探すとか、新しい名前をつけるとか、いまあるわかってきた名前をつけて、外から眺めている人たちに理解の安心を渡し、ここで起こっていることを整理する手助けをするのは、専門家の役目であって、私がやることではありません。

 

それを知っている以上、私がするべきことは、そこに向けて、文章を書くことです。

 

それで考えたのは、その中でも、月曜日がどうしても乗り越えられない気持ちをどうすればいいか、でした。

 

たくさんあるやり方、方法、知恵には及ばないので、私は、その人たちが読める穏やかな内容のものを必ず日曜日に書き、

私の稚拙な文章が大丈夫な方達に、

 

どんな形でもいい。

 

気持ちの上だけであっても、実行できるのがひとつあればそれはかなりいい状態だから、とにかく日曜日を充実させよう。

 

そうすれば、日曜日に悔いがなくなる。

 

日曜日に後悔がなければ、

 

日曜日がダメだった自分を責めることもなくなり、

自己肯定感を下げることもなくなる。

 

そうすれば、自分で日曜日を終わらすことができる。

 

そして、楽しかった今日があれば、月曜日に進んでいける。

 

月曜日が来ても、来週の日曜日のささやかな、時間潰しの目印さえあれば、それをアテにすることができる。

 

そうすれば、週の途中のお楽しみは、世界中のたくさんの人たちが用意しているから、また日曜日に這ってでも進んでいける。

 

そう思い、

 

日曜日を楽しもう。

日曜日を楽しく、素敵に過ごそう。

 

ということを伝える、ことにしました。

 

 

それが理由であり、目的です。

 

つまり、日曜版を何となく読みに来てくださっていたみなさんの、思っていた通りです。

 

それが正解ですし、それで正解です。

 

 

わかりたくない方がおられるだろうことは、知っています。

 

以下はその方達に向けて書きます。

 

私のできる範囲で、私の力量の時間潰しになる文章で、それを読みに来てくださる方がいて、私はそれを続けています。

 

だから、ご意見も入りませんし、判断も、新しい名前もいりません。

 

日曜日に、時間潰しの穏やかな内容を書くことが、そんなに害悪になると思うのであれば、あなた達が思う、善良なものを、ふさわしいと思うものを提供すればいい。

あなた達の思う、ハイレベルなことをやればいい。

 

私は、私の思うことを、可能な範囲でやります。

そちらに向けて、私の言いたいことは、たった一つです。

 

「もう放っといてください」

 

 

 

 

以上、日曜日の投稿を続けている理由、でした。

 

 

 

 

 

2023/07/28

バラ、うどん粉病対策その後

 


 

 

今日は、ガッツリ園芸ネタです。

 

私が育てている、インフィニティローズ二つとサボンですが。

インフィニティローズふた株がうどん粉病になってしまっていました。

 

それで以前、この話題の投稿で触れたように、薬剤ではなく、水を霧吹きでかけてあげる、という対策をとっていました。

YouTubeの野菜を育てている方のチャンネルだったんですが、すぐにそこを離れてしまって、後で探してもうまく探せずじまいなんです。

 

その方の貴重な知識、

「雨の日にはうどん粉病は広がらないので、常に雨あがりの葉が濡れている状態にしてあげれば、うどん粉病が広がるのを抑えることができる」

という説を取りました。

 

結果、2023年07月25日(に書いています)現在、うどん粉病は下の葉に5.6枚くらい、うっすら白いのが残っている程度です。

 

毎日、水やりの時に、結構びしょびしょになるくらい、霧吹きで水をかけてあげてました。


それで、私の場合は大丈夫でした。

うどん粉病発生の季節も終わりに差し掛かり、多分、これでやり過ごせたと思います。

 

薬剤を使うことも考えたんですけれど、薬剤を扱う時の、ゴーグル、マスク、手袋着用絶対、使用後、服を全とっかえ、が本当に面倒だったんです。

 

それで、この霧吹き対策にしました。

 

今後の対応と対策としては、植え替えの時点で、土に病害虫対策の薬剤を混ぜ込む、というやり方を取ろうと思っています。

 

これは、ごめんなさい、どちらか忘れてしまったんですけれど。

確か、バラ系の情報を扱っているブログ様だったと思います。

個人の方のブログなので、どのみちここでは参考リンクを入れるわけにはいかないんですけれど。

 

それから、バラといえば、夏に剪定をするんですけれど。

私はタイミングを逃してしまって、夏剪定ができないまま、この猛暑になってしまってるんです。

夏剪定なので、あまり気にしなくていいとは思うんですが、夏剪定を行うなら、切った後は軽い日陰で休ませてあげたいと考えてまして、でもこの暑さなので今年の夏は触らない、という選択をしました。

 

 

夏の終わりごろに剪定をするか、それとも咲き終わりの花を摘んだり、蕾を摘むときに、少しずつ樹形を整えようかな、なんて思っています。

 

私はバラビギナーなんですが、夏が来てもサボンとインフィニティローズは元気いっぱいに茂ってくれています。

 

夏越しが最初の山場だと緊張していたんですけれど、私の元には強い株が偶然やってきてくれたようで、なんとかうまく夏越しできるみたいです。

 

サボンもインフィニティローズも四季咲きなので、やはりバラ本にあるように、本当は蕾を摘んでいかないといけないんですが、ちょっと目を離すと夏でもガンガン花が咲いていってるぐらい元気です。

 

多分、ベランダの生育環境が、いま育てている株に合っているんだと思います。

 

肥料は本を見て少し控えめにあげただけで、かなり株は充実しています。

それぞれの苗を買ってきたときに、すぐ大きな鉢へ植え替えたので、それが良かったのかもしれません。

きっと梅雨や夏を迎える前に、株が安定したんでしょうね。

 

後はどこで日に2回の水やり(朝晩の)に切り替えるかですね。 

 

以上、どこに需要があるかさっぱりわからないと思いますが(笑)、ここは私の場所なので、私は私のいいと思っている話題を書く、ことを貫きます。←失笑

 

 

というわけで、今日はガッツリ園芸ネタの、うどん粉病その後、でした。

 

 

 

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2023/07/26

音楽の力という言葉を使っていることについて

 

先日、署名記事のニュースを拝読して知ったんですが。

音楽の力、という言葉を、坂本龍一氏は嫌っていたそうですね。

 

私は、右のメニューバー上部と中程に表示している、Abyssという投稿の中で、音楽の力、という言葉を使っています。

 

メニュートップのリンク集に記載しているのは、私のAbyssにまつわるJINさん観が出ているものを、興味を持っていただいた方に、まず読んでいただいた方がいいだろう、という考えでした。

 

ここでよく読まれている投稿の中にも、Abyssの投稿が入っていたのは気づいていましたが、その中に使っている言葉が、坂本龍一氏が嫌っていた言葉だったとは知りませんでした。

 

私は坂本龍一氏をリスペクトし、氏の音楽を支持するものです。

 

ですが、坂本龍一氏の活動や考え方を全部支持はしていません。

私とは考え方が違うな、という部分もあるからです。

 

私はこの音楽の力という言葉を坂本龍一氏が嫌っていたことを、冒頭で触れた署名記事を拝読するまで、知らずにいました。

 

この言葉が、よくない言葉なのかどうか、坂本龍一氏の音楽を支持するものとして、使うべきではないのか、音楽を愛好する素人として、使うのを控えるべきなのか。

 

考えてみたんですけど、

正直、明確な答えは出ませんでした。

 

冒頭で触れたニュース記事を拝読した後、検索してヒットした2011年の氏のインタビューを読み、

私の要約ですが、坂本龍一氏が

「音楽の力という言葉を使うのは、ミュージシャンとしておこがましいと思う」

という考え、価値観を持っていたという理解を、現状では、私はしています。

 

Abyssの投稿ではこういうふうに記述しています。

前述がないと何のことかわからないので、必要だと判断した部分を含めて載せます。

 

Abyss 本文より 抜粋

 

音楽には治癒という役割があります。

双方向の治癒です。

作り手は、言語化し、表音化したものを、繰り返し唄うことで、

その人自身の内部を整え、客観視することができ、

メロディの繰り返しが洗練を帯びさせていったその作品は、

やがて普遍性と同時に救済性を持ちます。

 

聴く側は、

言語以外の領域が、自身の最深部に作用する音楽体験を通して、

心の反応が唄の調べと繰り返し同調することで、

知らぬ間に自分が持っていた、

手の届きにくい部分にある、「傷」と呼ばれるものが、癒えていきます。

 

これは音楽の力と呼ばれるものの、ひとつの在り方だと私は考えています。

 

抜粋ここまで。

 

 

 

こう書いているんですが。

 

特に当時と今とでは、音楽の力と呼ばれるものの、在り方について、私の考えは変わりません。

 

坂本龍一氏は、おこがましいという思いから、この言葉を嫌っていた、ということを知っても、私は、音楽の力というものは、「作用する」という点で、存在していると考えています。

 

なので、特にAbyssという投稿のなかで使っている、音楽の力、という言葉を削除、改訂しなくてもいい、という判断をしました。

 

音楽というものへの価値観や、音楽とは何か、という考え、そこから出てくる思想にわたるまで、この言葉を使うことで、とても是非の分かれる投稿だとは、いまは思います。

 

その上で、私は、ブログ上での掲載を続行します。

 

もし何かご意見がある方、もう少しこの話を詰めて私の感じていることを知りたいという方、おられましたら、

 

お手数ですが、

 

butterflyjustdance@gmail.com


こちらまでご連絡ください。

 

以上、音楽の力という言葉を使っていることについて、でした。

 

 

 
 
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I recently learned this from a signed article I read.

Apparently, Ryuichi Sakamoto disliked the phrase “the power of music.”

I use the phrase “the power of music” in a post titled “Abyss,” which is displayed at the top and middle of the right-hand menu bar.

My reasoning for listing it in the link collection at the top of the menu was that I thought those interested should start by reading the posts that reflect my perspective on JIN as it relates to “Abyss.”

I had noticed that the “Abyss” post was among the most-read entries here, but I didn’t realize that the phrase I used in it was one that Ryuichi Sakamoto disliked.

I respect Ryuichi Sakamoto and support his music.
However, I do not support all of his activities or his way of thinking.
This is because there are areas where our perspectives differ.
I didn’t know that Ryuichi Sakamoto disliked the phrase “the power of music” until I read the op-ed mentioned at the beginning.

Is this phrase problematic? 
As someone who supports Ryuichi Sakamoto’s music, should I avoid using it? As an amateur music lover, should I refrain from using it?
 
I thought about it, but to be honest, I couldn’t come up with a clear answer.
After reading the news article I mentioned at the beginning, I searched for and found a 2011 interview with him.
 
Based on my summary, my current understanding is that Ryuichi Sakamoto held the view and value that
“As a musician, I find it presumptuous to use the phrase ‘the power of music.’”
 
In my Abyss post, I wrote it like this.
Since it wouldn’t make sense without the context mentioned above, I’m including the parts I deemed necessary.
 
Excerpt from the Abyss article
 
Music has a healing role.
It is a two-way healing process.
By repeatedly singing what they have verbalized and set to sound,the creator can organize their inner self and view it objectively,
and as the repetition of the melody refines the work,
it eventually acquires both universality and redemptive power.
 
For the listener,
through a musical experience where the realm beyond language acts upon their deepest self,
as their emotional response synchronizes with the song’s melody and repetition,
the “wounds”—those elusive parts of themselves they were unaware of— gradually heal.
 
I believe this is one manifestation of what is called the power of music.
 
End of excerpt.
 
That is what I wrote.
 
However, my view on the nature of what is called “the power of music” has not changed, particularly between then and now.
 
Even after learning that Ryuichi Sakamoto disliked this phrase because he felt it was presumptuous, I still believe that the power of music exists in the sense that it “exerts an influence.”
 
Therefore, I decided that there was no need to delete or revise the phrase “the power of music” used specifically in the post titled “Abyss.”
 
I now realize that using this phrase—which encompasses my values regarding music, my conception of what music is, and the philosophy that stems from it—makes this a highly controversial post.
 
That said, I will continue to keep it posted on my blog.
If anyone has any opinions, or would like to delve deeper into this topic to understand my perspective,
please do not hesitate to contact me at
 
butterflyjustdance@gmail.com

.
That concludes my thoughts on my use of the phrase “the power of music.”


Translated with DeepL.com (free version)


付記を追加しました。

 

 

いきなり予定を変更して投稿しますが。

気になったので付記を追加しました。

 

 付記


 

2021年の68日に

ひかりのディスコ(https://butterflyjustdance.blogspot.com/2021/06/capsule.html 

内で書いてある、

JINさんたちへの感情は友情(友愛ほど大きくはない)にとても近いので、自分のことをファンだと言っている、と書いています。

 

これは私の気持ちの通りです。

 

JINさんたちへの気持ちを愛ではない、と最初の頃から確か書いていて、見たわけではありませんが、きっと何らか反応があるだろうな、と考えていました。

それでいい機会だと思ったので、2021年の68日の投稿で自分がどう思っているかを書きました。

 

これはその通りです。

 

それとこの投稿

で書いた、
 
私の事情から、ご迷惑になってしまっていること、ご不快に思われていること、に気づいたとき、
実は、ここを始めるときに、私のようなものは、ARMYさん達と同じ名前を名乗る資格がない、と考え、
そういうつもりで始めた、ということもまた、私の本当の気持ちです。
 
当時、そのことを書けなかったので、2021年の68日では自分の気持ちが愛ではない理由、だけを書いています。
 
私の心の状態が、基本すぐに心の奥底に何かを入れない傾向にあること、浸透していくまで時間を要する状態、であることは、おそらく今後もあまり変わらないと思います。
 
JINさん達を応援していて3年半が経過していますが。
 
その期間に、徐々に私の心に浸透していっている感情も、あるにはあります。
 
それはいまわかる言葉で書くなら、「JINさん達やARMYさん達への理解」というものが、徐々にですが、ゆっくり私の心に浸透していっている、という感じです。
 
ただ、応援する気持ち、一方通行の友情のような気持ちを持っていること、その気持ちの明るさを、私が何かのアテにしたり、支えにすることは、私の場合は間違っていると思っています。
 
いまはそう考えています。
 
20230726 16:04 付記 
 
という内容を
 
 
に付記として追加しています。
 
 
 
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 2023072616:20 わかりにくい箇所を訂正しています。