休刊 キム・ソクジン



休刊 キム・ソクジン 
あと2ヶ月ですね。
ARMYさん達も待ち遠しくされていると思います。
アルバコエルレアオクラータは花が終わりました。
無事のお戻りを待っています:)

2024/02/26

シェルターとしてのインターネット


 
 
今日は、少し重たい内容を含む話題です。
 
なので、いま調子が悪い方、暗い内容にこの頃よく吸い寄せられているなという方、体調の悪い方は、最低でも2週間は、この頃、いつもより楽しい気持ちが続いていて、リラックスできているな、と自覚するまで、いまから書くことを読まないでください。
 
 

 

 
 
旅行から帰ってきて、1週間が気がつくと経過していました。
とても親切にしていただいたんですが、私の過敏な部分、付きあっていくものの部分、HSPの部分で、行く前からすっごいストレスがかかっていて、最悪の精神的コンディションでの出発となり、帰ってきてからも、ものすごく調子を崩していました。
 
繰り返しになりますが。
何かされたとか、ここがダメだったとか、そういうことではまったく無く、私は、おそらくもうこういう旅行は無理なんでしょうね。
 
行くなら、1週間とか2週間くらい多めに日程を組んで、帰ってきてからも2週間くらいは、自分のiPhoneのメモに思っていることを書いてみて、あとで読み直してみて、自分が大丈夫だったのかどうか判断しなければならないようです。
しかも国内オンリーで。
 
それくらいストレスが凄かったんです。
 
まあ仕方ないですね。そういう精神的体質で、そういう風に生まれついているんだから、そうやって付き合っていくしかありません。
 
楽しい思い出ばかりの旅行でしたが、そうであっても、これだけ不調になるほど、ストレスによる影響が凄かったんです。
 
で、昨日くらいから、やっと疲れが取れて、自分がものすごい不調の中にいたことを認識できるほどには回復しました。
 
それで、実は前から気になっている、日本のG7各国内での自殺率が第一位(厚生労働省 G7各国の自殺死亡率 PDFより)、世界全体では総数第5位(厚生労働省 諸外国の自殺死亡率 PDFより)になってしまっていることで、すこし読める範囲で情報を集めていたんです。
他にも気になっていることも見ましたけど、やっぱりこれがいま一番気がかかりで、この状態でも読めそうな内容を見ました。
 
先日も、女子学生の方々が、二人で飛び降りて、お一人は助かったけれど、もう一人は亡くなられてしまったという痛ましいニュースがあったようですね。
 
そのことについて意見を述べている所を読むと、こういうことが近年少しずつ増えているそうです。
これは確認はしていませんし、いまの私の状態では確認はできないんですが。
 
自殺大国になってしまっている以上、もっと前からけっこうあったんでしょうけれど、昨今は年若い人達も命を絶つ件数が、ニュースとなるほど増えてきているんでしょう。
 
日本が日本のG7各国内での自殺率が第一位(厚生労働省 G7各国の自殺死亡率 2023年2月 PDFより)、世界全体では総数第5位(厚生労働省 諸外国の自殺死亡率 2023年2月 PDFより)になってしまっているのを知って、直接的な抑止力には、当然、私はなれませんし、人の数だけ思いつめている理由というものがあり、どれも、すぐどうこう出来ないのは、みなさんご存じの通りですし、私も同じ意見です。
 
それで、そもそも、どうしてこんなことになってしまっているんだろう? と考えたとき、
 
私見ながら。
いま日本の社会に、ビギナー向け、不完全な人向けの、場所が少なくなっていってることも、この自殺率の増加の遠因であり、いち要因であると思っています。
 
 

 
 
私の狭い世間での経験では、学生街っていうのが、その機能を主に担っていたんです。
 
いまでも学校が多い地区での気楽な飲食街っていうのは、街で遊ぶのが初めての人向けのビギナーが、練習して慣れていって、それとなく教えてもらったり、やがて自分で知っていく場所という、オリエンテーリングの部分でもあるし、街で楽しく上手に遊んでいるお兄さんやお姉さん、どちらでもない人達に憧れて、ちょっぴり背伸びをしたいお年頃の制服を着た子達が、紛れ込んで遊んでもいい、そういう場所です。
 
そして、大人のためと信じられている社会では、なんだかつまらないな、と思っている大人達が、そこで別枠の、学生街にいる人達の大人社会、を形成している場所でもあるんです。
 
で、そこで何が起こっているかというと、まず第一にあげられるのは、大人になるための練習の期間を設けられているんですね。
 
それはある年齢、ある役割を担い始めたら、はいー、こっから大人ですよー、という期限がきっかりある訳でもない。
かといって、ずっとそこにいることが、本当の意味でモノがわかっている世界というわけでもない。
 
そこにたまたま来た人達が、いつか、ここで遊ぶのはもう飽きちゃったな、なんだかつまらないな、と思ったら、別の場所に移って、自分の稼ぎでまた新しい遊び方を始めるまでの、猶予期間の街なんです。
 
本当は、街っていうのは、どこもそうなんですけれど。
すごくそういう機能がわかりやすくなっているのが、学生街という場所なんです。
 
そういう場所が減ってきてしまって、もとは学生街だったところが、そこで生きてる人達だって生活がありますから、違う商売の仕方を始めて、学生街というビギナー向けの場所、猶予期間の場所が、消滅しはじめているのが、逃げ場や行き場所、一時的な雨宿りの場所が無くなり、どこにもいけなくなってしまう状況がこの先ずっと続くんだと思い込む、原因だし、遠因なんだと、考えています。
 
 

 

 
インターネットって、みなさんご存じの通り、シェルターでもありますよね。
シェルターという役割がとても強くある場所「も」ある。
 
ただ、この頃は、叩かれたり、炎上するのを怖れるあまり、なーんかもう、正しくて隙の無いことばっかり言うようになっちゃって(笑)、私の古い経験だと、内申書のことで一生懸命な子が、いっつもどこからも突っ込まれなくて、ピカピカの正しく良いことばっかり発言しているアレに似てるな、なんて思っています。
 
別にそうならそうで良いのかな、と思うんです。
私は、昔が良かったとは思わない人間だから。
 
変わることは良いことだし、変わっていっているっていうことは、今の現状に一番フィットした、柔軟さの結果だという考えを持っているので。
 
だから正しいことばかり言って、栄光の人生の軌跡をネットに残したいんだったら、それはそれで、その人がそうしたいんだったら、それで良いんじゃないかな、と遠くからぼんやり見ています。
 
どうしようと、そんなの人の勝手なんだから。
いいんですよ。誰も口を出すことじゃない。本人の好きにすればいいんです。
 
正しいことをやりたければ、自分だけでやれば良いし、同じことやってる人と仲良くなって、そのコミュニティで楽しくやればいいんですよね。
 
でも、人に強制しちゃダメです。
 
それは、危ないから教えてあげないと、と思うのは勝手だけど、その人は一度でもあなたにそれを頼みましたかね?
 
助言や見かねて教えてあげるのは、ネットのすごく良いところだと私も思っています。
私も何度お世話になったことか。
 
でも、自分の言うことをなんで聞かないんだって、押しつけるのは違いますよね。
 
たまには居ますよね。
説教されるのが好きな人。
私が思うより、2024年のインターネットにはそういう人達がたくさんいるみたいです。
 
皮肉じゃ無くて、ちょっとしたアトラクション体験なんでしょうね。
 
ちょっと間違う。誰かに諭される。自分は間違っていたと反省する。謝罪する。そして新たな自分を生き始め、傷がある人もみんなは受け止めて応援しているよ。という受容を経験し、新しい道を見つけて、万々歳。
その時だけ、気付きと再生というストーリーの主人公になれる。
そういうアトラクション的な、再生体験の娯楽として、どうも説教を自分から聞きに行ってるんだろうな、と思って見ています。
 
営業妨害をするつもりは無いけれど、そういう人はすごく自己啓発本やニューリーダーについての経済の本とかすっごい読んで、なるほど。こりゃいい。よし自分でやってみよう、で終われば良いのに、誰彼かまわず捕まえて、こうするべきだって責めるでしょう?
 
私は、それは違うと思います。
余計なおせっかいです。
 
自分がそうしたくて、一流を目指すのはとても凄いし、そういう人を見かけたら、ジャマにならないようにしなくちゃな、とポンコツの私でも思うくらい素晴らしいことです。
 
でも、あなたが素晴らしいからって、他の人が素晴らしくある必要なんかさらさら無いし、あなたはあなたの素晴らしさで光り輝くためにやることの中には、他の人にあなたが見つけたものを、強制する必要はないんです。
 
大きなお世話なんです。
 
余計なおせっかいだし、なんならそれってちょっと妄信の域にすら達しています。
人のジャマになっちゃってる。
 
なにを正しいとするかは人の勝手だけど、人のジャマをしたらダメですよね?
 
それは迷惑だからとか脅迫して自分から遠慮させたり、そんなことしていたら人生棒に振るって、人生を棒に振ったこともないのにそう言って脅したりとか。
 
正しいこと、良いこと、っていう言い返しにくいことを取り出して、従わないのは悪である、っていう変なトラップ付きの大きなお世話って、タチが悪くないですか?
 
自分が知っていることしか書けないから、これは自慢でもなんでもないんですけれど。
 
私が命と心を救っていただいたのは、それは私が優れているからでも大変な悪でも無くて、以前、心や命を失いかけた人達にしかわからない、または身近にそういう人がいてどういうことか嫌という程知っている、なんとも危険な状態に長い間入り込んでしまって、そこで苦しいのを隠して楽しそうに振る舞い続けていたからなんですよ。
 
ここには、ストーリーなんてある訳がないんです。
 
社会として、助けなければならない人がいる。
その人を助ける人にキャラクターもいらないし、装備もいらないし、超展開もいらないし、演出も、素敵な言葉もいらない。
 
そして、こうやったらいいよという前例も、おそらくは無い。
 
私は、ゲームやフィクション好きですよ。一生懸命その中に入り込まないだけで。
 
私がたまたまそこにいたから、偶然、わかる人達が気がついてくださっただけなんです。
 
その後どうなったかっていうと、ご覧の通り、いいようにしなさいっていうメッセージと、わからないことを置いておいてくださり、お前の時間が来たらそれに気がつくと良いよ。助けになるから。ということだったみたいなんです。
 
そして、私は、いま、ひっそりいいようにしています。
胸がいっぱいになりながら。
 
 
 

 
 
 
ネットシェルターって、本当にありがたいし、私もそれに助けられたインターネッターです。
ネットがなかったらとうの昔に命を絶っていた。という言葉を見かけたことも、一度や二度では無い。
 
そのネットシェルターって、ずっとそこに終日、オッケーになるまで居っぱなしって訳ではないんですよね。
 
気が向いてなんとなくの範囲で、一日やってることもあれば、他のことしながらちょいちょいっていう頻度の人も居るし、ネット別にいいやって時期もあるし、また見始めたり、色々です。
 
入り方も色々で、雨宿りの人も居れば、逃げ込んで傷を治すのに数年かかる人も居る。
遊んだり、喧嘩したり、励まし合ったり、慰め合ったり、好きにしながら、その人とインターネットライフやインターネットタイムの関わり合い方を、日々更新していってるんです。
 
雨が降っていなくても、雨宿りしても全然いいし。
なんとなくフラッと入ってきて、自分は卒業できたと思うことも自由です。
 
そこから大成していく人も居れば、ずっとじっとしてて(私ですね)、ひっそり趣味をやりたいな、なんて思ってる人もいる。
 
今日、リストカットしちゃったって書いてもいいし(お医者さんに頼った方がラクになりますよ。)、ウソ書いてもいいし、なんか誰それと目が合って嬉しかったから、お互い一目惚れだったらいいのになって、ファンフィクションを書いてもいい。
 
イキッて強気なこと書いてもいいし、泣きながら書いてもいいし、さっきご機嫌で前向きだったのに、すっごい暗いところを見に行ったって、誰も違うじゃないか、とか、前はこう言ってたのに矛盾してるじゃないか、なんて言わない。
希望じみたことを書いてもいいし、暗い淵について吐き出してもいいし、許せなかったことや、いまでも憎くてしかたがないこと、忘れているふり、考えないようにしながら、楽しくなることを書いてもいい。
 
なにやったって、だいたいオッケーなのが、インターネットシェルターという場所の役割なんです。
 
そして、立ち直りたければ立ち直ればいいし、そのまま趣味にシフトしてひっそりやっててもいいし(私ですね)、飽きたら黙って去ってもいいし、戻ってきてもいいし、ニックネームで、本当でもウソでもない、ただのいちインターネッターとして、シェルターを利用してもいいんです。
 
別に再生しなくてもいいし。
元気いっぱいになって市民マラソン(ディスってないですよ)に出なくても別にいいんです。
素晴らしい人間になって再生しなくてもいいし、何か、やたらとモノの分かった人になる必要もない。
 
ここはシェルターでもあるけれど、入り口も出口も無い、シェルターでありながら、発信したり、意見交換したり、仕事をしたり、好きなものを見たり、通販してもいいし、社会インフラでもあるんだし、インターネッターであることは、誰かに責められないといけないワケでも、現実が得意では無いけれど、インターネットのネットウォーカーであることは、単にインターネットの感じが好きで参加しているだけであって、何か足りないわけでもないし、何か目指してるわけでもない。
 
最近では現実が得意な人も、社会で成功している人達もネットにいる。
 
よく知らないで書くからファンの人達はごめんなさい。
俺の左手? の封印を解くときがやってきたってノリノリの数年間を過ごしたって、別にいいんですよ。
過去あんなこと言ってたくせにとか言うほうが変だし。
 
自分だって、子供や少年少女のころ、○○ちゃんが突然、学校終わりに家にやってきて、これ・・・気持ち、とかなんとか、なんかデカい宝石が付いてる、食べたら舌がサイケな色になる飴セットくれないかな? とか、欲しかったガンプラのレアモデル持ってきてくれないかな? とか、考えたり、紙に書いたり、ちょっと信じちゃって待ってる間、鏡のぞいたりして似合う服着てウキウキしてたり、とか、ガンガンやってたんだから。(ありますか? 私はないです。勧誘追い払う方法ばっか考えてました。←いや、その現実・・・。)
 
そのことを大人になって、なんか言う時に、自分は昔、飴セット待ってたんですけど。って、いちいち前置く必要なんかないんだし、覚えても居ないでしょう。
 
好きにやっていいし、見ないフリ、気がつかないフリしてあげるべきだし、余計なお節介で、再生ストーリーの登場人物に人を勝手に組み込もうとするほうが、絶対変だってことを、ちゃんと知っていくべきだと、2024年の今、私は思っています。
 
そういうシェルターとしてのネットに、
 
現実でお金の問題や外に出られない、
学校から逃げて帰ってこないとシャレにならない目に合わされてしまう子、お洒落どころではない子。
うまくいってたりいってなかったりする大人。
嫌な奴がデカい顔してる町から、いま金がなくて脱出できないで居る人。
病気だったり、いまは、がんばらない中の人。
ダルい人。その他色んな、なんとなくインターネットのほうがいいな、という人。
 
そういう人達が、ネットというシェルターで好きにしていていいし、
もっとインターネットのそういう役割りをちゃんと認識してもらえれば、
ネットでダラダラしながら(私ですね)、自分も含めて途中の人達のあれやこれやを、見ないフリ、気がつかないフリして、みなそれぞれが好きにしながら、
たまに良いカッコして、知ってること教えたり、教えてもらったりしながら、そういう風にも好きにして、色々なんだっていいし、
 
ネットのシェルターっていうのは、いつまでも好きにしてて本当にオッケーな場所で、
誰であっても、そのことに口出しするのは、
本当に余計なお世話なんだって事実を知っていたら、
 
思いつめて、
自分が逃げられる場所は、命を絶たないと行けない場所しかない、
なんてことになるのが、
ちょっとくらいは減るんじゃないでしょうか。
 
自殺大国日本なんていう、とんでもないランキング上位入りしている事実を知って、そんなことを考えていました。
 
 
 
 


 
ここまで読んでくださったら、大きく深呼吸して、
それから、ちょっと勢いつけて立ち上がって、
温かい飲み物を飲んで、
ガツンと来る食事を摂りましょう!
 

こちらは厚生労働省の、
思いつめている人、一人で悩んでいる人、
いま苦しんでいる人への専門ページです。
電話、SNSでの相談の方法、
何か手をかすことができないかという方へは、
ゲートキーパーとしての考え方を公開しています。


厚生労働省
まもろうよ こころ
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
 
 
付記
ウソを書いても良いということに、すごく抵抗があると思いますし、 何か起こったとき、本当のことを書いても信じてもらえないのでは? という不安があると思います。
 
私は、ですが。本当のこと、事実を書く練習をさせていただいた上で、シェルターとしてのインターネットでの、発言、発信を考えたときに、
 
思えば、私は、その時々での、
本心をずっと書いていたんです。
 
フェイクかけますけど、とか前置いたり、明らかにウソとわかる書き方したりしながらも、本心を書いていたんです。
それは、思ったことを、角が立たないようにしながら、正直に書いていた、ということなんですね。
 
お世辞もわりと書いていたし、気を遣った書き方もけっこうしていて、プロの方々には思いっきりバレてて、こいつはウソを書くくせに、本当にウソが下手だな、と苦笑されていたりしたんです。きっとね。 
 
で、私個人の信用度合いがもしあるとして、それは私の、自分で言うけど、ユニークさと、本心の部分で、こういうの好き。こういうの買った。こういうの感動した。とか、こう思う。ダイレクトにこう思う。(前置きは当時も書いてたんですけどね)、それと本気で尊敬しているから、リスペクトが読む方が読めば、ちゃんとあったようなんです。(迷惑がかかるから書かないけど、私が知っているすごい人の判断。)
 
だから、
本心を書く。
思っていることを、正直に書く。
話題や話題の対象を、本気で尊敬している表現をする。
めんどくさいから、話の肝はわりかしホントのことばっかり。
 
記憶違いがあってもいい。
 
ぐらいでやっていれば、そんなウソつきとか言われないし、誰もそんなことを精査して読んだりしませんよね。
 
それだったら、言いたくないことは言わなくて良いし、暗い話をしたい気分だったら、家バレ、身バレ、学校バレ、会社バレしないで、なんとなくの話をしてもいい。
 
こういうやり方なら、けっこう、ゆったりやれますよね。
 
で、なにか本気で本当のことを書くときは、これは本当なんですけれど。と前置いてから、書けば、読んだ人の読解の出発は、「本人が本当だと言っている」から始まるけれど、世の中も実は玉石混交なので、ちゃんと読んでみて色々な情報をくれますよ。 
 
インターネットは基本、玉石混交だと思っていた方が良い、というのは2024年の私も同じようにまず前置いてから、色々なものに触れます。
 
そして必ず、読んだ内容を自分の中で整理して、これはエンタメとしてのものなのか、プロの方の署名記事に相当するものなのか、と判断しています。
 
あと私は、楽しく書くときは、イメージとしては、酒の席での話、という体(てい)を取る、んです。
 
-------
お酒が飲めない人は、そうなんだな、と思って流してくれていいし、だからといって無理にお酒を飲む必要はありません。
 
それとこれは若輩モノの恥ずかしながらの個人的な見解だけど、
 
お酒が飲めないのに、お酒の場所に行ったり、お酒の席に参加することは、
ジュースやお茶で酔っ払えるなら、懇親としての参加資格はあるけれど(あえての表現ですよ?)、
 
基本、飲めない人は、お酒の場に行ったりするのは、遠慮しましょう。
 
行くな、でもなく、行かない方がいい、というのでもなく、遠慮しましょう。 
 
おつまみや提供されるそちらの料理に興味があるなら、本気の時間が始まる前に行って、店主にすぐ実はこうで、と前置いて断って、オッケーが出るかどうかをまず訊くなりしましょう。
 
「お酒が飲めないのに来るのは、図々しい!」
という貼り紙を、私はネットで、ですが、本気の奴を見かけたことがあります。

それは、そんなことまで酒場の主(あるじ)に言わせて、貼り紙までさせてしまったことを、それぞれが(無理に連れて行く人、自分から行く人)反省することだと、私は思います。

お酒を飲む場所なんだから、お酒を飲む人が行くのが基本の場所に、飲めないですけど。って言って連れて行ったり、自ら行くっていうことは、お酒を飲む人がいるのが普通の場所で、気を遣わせてしまう、ということなんです。
サービスを提供する側に。
 
初めてのお酒練習のことを言ってるんじゃないです。
 
飲めないって分かってて、飲まない人が行くことを言っています。
やめましょう!
 
あとお酒が飲めない人を無理矢理誘うのも、お酒を断ってんのにしつこく勧めるのは、一番、やってはいけないこと、っていう基本ルールをもう一度、それぞれが見直しましょう!
------- 
 
 
その上で、お酒の席の話題。その場限りの話題。テキトーで色々変でも最後は全員で、ゲラゲラ笑って10分後にはなに話していたか忘れちゃうような、それくらいの軽い話題。
 
そういう体(てい)で書いてみると、だいぶラクかもしれません。
 
世の中っていうところと、社会インフラのネットでは、
ウソも嘘も、めんどくさいから、あまりつかない方が良い、っていうのが、私がなんとなーく思っていることです。 

その上で、ウソはついても良い、とも、なんとなーく思ってることです。
 
矛盾を持って、やってます。
そこは別に、どうにかしようとしていません。
苦しくなるだけだから。
 
好きにしていいんです。
素人だし、気楽に参加していい場所なんだから。
 
シャレになんないことは、ダメだけどね。

それくらいで私はいきたいし、それくらいでふんわりやってます。

だから、署名記事をとても尊敬しています。
 
 


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厚生労働省
まもろうよ こころ
 
 
 
20240226 23:45 分かりにくい箇所を直し、付記をつけました。
20240227 10:31 中傷になりかねない部分を直しました。
20240228 23:09 厚生労働省の資料データソースととても必要なページのリンクを貼りました。