休刊 キム・ソクジン



休刊 キム・ソクジン 
あと2ヶ月ですね。
ARMYさん達も待ち遠しくされていると思います。
アルバコエルレアオクラータは花が終わりました。
無事のお戻りを待っています:)
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2024/03/17

ホワイトセージとラベンダーのお香

 
 

 
日曜日なので、穏やかな内容を書いています。
 
先日、SHEINとTemuでお香立てとお香を買いました。
写真はお香立てにホワイトセージのお香を立てて焚いたところです。
 
記憶ですが、お香立てはSHEINで500円とかそんなんで、お香は少し割高でした。
 
お香立ては、いま色々なものが出回っていますが、私は、インテリアのアクセントになるものであまり呪術的な雰囲気の無い、日本の香道のイメージに重なるような、神秘よりも実用的なものを探していたので、こちらのにしました。
 
ゴールドで派手に見えるかもしれませんが、金はどちらかというと私にとっては寂びた(さびた)雰囲気を持つのと使い方がいたってシンプルなのがお気に入りです。
 
ホワイトセージというと、詳しい方や興味のある方は、場を浄化する効果があるといわれているもの、という感じだと思います。
 
私も以前、なにかでホワイトセージの葉を使って空間を浄化したいという方を見て、そういうものがあるのか、とちょっと驚いたのを覚えています。
 
今回、ホワイトセージの効果の話題について、Google検索をしてみたんですけれど。
 
私が一番しっくりくる色々な方面での考え、
 
そもそもどういう時に、誰が、どのような目的で使っていたのが始まりなのか、
 
そういうことが具体的に明確にしているサイト様に行き当たったので、
 
なぜ、浄化すると言われているのか。
本当に効果はあるのか。
効果があるとすれば、一体、何にたいしてなか。
健康被害はどうなのか。
そもそもホワイトセージを焚くことで、何が浄化されると言われているのか。
どうしてこのごろよく見かけるのか。
 
をお知りになりたい方は、
ぜひ、こちらの「一般社団法人 ホワイトセージ協会」様に伺って、フランクかつニュートラルな詳細をお読み下さい。
 
一般社団法人 ホワイトセージ協会 トップページ
https://whitesage.or.jp/
 
ホワイトセージについて
https://whitesage.or.jp/whiteasage/
 
 
こちらで歴史をふまえて紹介されているスマッジングをやっているのかと言われたら、特にそういう本気な感じではありません。
 
伝統的な使用方法「スマッジング」
ホワイトセージはまた、複数のネイティブアメリカンの文化的な儀式でも使用されています。
代表的なのが「スマッジング」です。

「スマッジング」は“薫香”の一種。

乾燥させた茎葉に火をつけてすぐに消すと、お香のように煙が出ます。この煙を使うことで、空間を浄化する方法を「スマッジング」と呼んでいるのです。

ネイティブアメリカンの間では、この煙によって空間の悪い気が清められ(浄化)、さらに天に煙が上ることで、人々の願いが神様に伝わるとされてきました。

そのため、現在に至るまで祈祷などの文化的な儀式には広く用いられてきたのです。

 

一般社団法人 ホワイトセージ協会 様内
ホワイトセージについて
https://whitesage.or.jp/whiteasage/
(改行 強調 エナメル)

 
私は、単に私の精神状態が部屋の中に作ってしまっている暗い雰囲気をどうにかしたくて、今回、ホワイトセージを選びました。
 
それは浄化を求めているのか? と言われたら、そういう期待も少しはありましたけれど、
お香を焚いて、窓を開けて空気を入れ換えた後の状態に部屋の中を持っていって、さっぱりしたかったんです。
 
いまはやることが多くて、コンディションも安定しないので、「徹底的に」掃除ができないので。
 
ホワイトセージにまつわる浄化の考え方で特に好きなのは、同じく「一般社団法人 ホワイトセージ協会」様のこちらの記述です。
 
このように、心と身体、心と空気(場所)、身体と魂が互いに相関性を持つという前提のもとでは、たとえば澱んで濁った空気や場所はそこに身を置く人の身体や心に悪い影響を与え、またすっきりしない心持のまま過ごすことはその人の身体の状態を損なうことにつながります。
そして、これらは包括的・スパイラル的に互いへと影響を与え合うわけですから、何らかの方法でこれらの澱み、にごり、すっきりしない心持などを払拭する必要があります。その役割を伝統的に担ってきたのがまさに「ホワイトセージ」による「スマッジング」というわけです。

スマッジングの方法については後述しますが、スマッジングで生じるホワイトセージの煙や独特の芳香は、場所や心、気をクリアに澄み切らせ、明晰化してくれるとされてきました。

そして、こうした「浄化」の過程は、それを行う人が深く自分自身や場所、世界に対して洞察を行い、それらの連関に目を向けるとき、一層効力を実感できるものです。

 

(見出しのみ略)
 
ホワイトセージによって場所や心、気を「浄化」することは、たとえば部屋が目に見えてかたづいたり、特定の病気が完治したりするものとは異なっています。

これも後述するように、ネイティブアメリカンの伝統的な風習ではスマッジングが病を払う作用も果たしていたようですが、薬草としてのホワイトセージの効能は本記事においては成分表や食材としての欄に詳述しています。

スマッジングによるホワイトセージの「浄化」機能は、煙や独特の芳香によって、それに触れた人の心を落ち着かせ、リラックスした状態を取り戻してくれるといったものに近いでしょう。

他のより馴染みある薬草では、たとえば我々はカモミールの香りによってくつろぎを、ラベンダーの香りによってリフレッシュ感を得ることができます。

薫香についての深い知識がなくても、香りが我々の心身へと深い影響を及ぼすことは日常的に馴染みある感覚ですよね。

 


一般社団法人 ホワイトセージ協会 様内
ホワイトセージについて
https://whitesage.or.jp/whiteasage/
(改行 強調 エナメル)

 
昔、お客様をお家に迎えるときに、ある種類の層では、事前に麝香(じゃこう)などを小さな香炉で焚いて、一度、窓を開けて風を入れ、その香りを外に逃し、残り香だけを漂わせて、お客様をもてなしていたんです。
これは主に茶道のやり方だったと私は記憶しています。
 
麝香(じゃこう)はジャコウジカの腹部にある香嚢(ジャコウ腺)から得られる分泌物を乾燥した香料、生薬の一種。ムスクとも呼ばれる。
(中略)
香料用途としては合成香料である合成ムスクが用いられるのが普通であり、麝香の使用は現在ではほとんどない。
ウィキペディア 麝香 https://w.wiki/3$mQ より

 
若者だったとき、偶然手にした重たくて分厚い雑誌に、そういうもんだ、とざっくり書かれていて、ああ、そうやってやれば、お家の匂いではなく、すこしあらたまった香りで来た人を迎えることが出来るんだな、とひどく納得したんです。
 
ルームフレグランスの特別版みたいな感じでしょうか。
 
確かに、昔、美味しいカステラでお馴染みの福砂屋・長崎本店を訪ねたときに、お店に入ったら薄く薫の残り香が漂っていて、掃き清め、水を打ってさっぱりした外といい、店内に入った時に出迎える、奥ゆかしく主張しない香りといい、やはりお商売をばっちりやってる所は違うな、と感激したことがあります。
 
また先日も東京に行ったときに、多くのお店が商売を始める前の夕方早くに、お店の大小にかかわらず、掃除をして植栽を整え、店の前に水を打ち、玄関の戸からお香の薫りが滲み出ていました。
 
私の部屋は住空間ですが、香りには強弱や時間があったほうが好きなので、空気の入れ換えをできるときにする場合、こういうさっぱりした気持ちになって空間をきりっとさせるお香や、ラベンダーのようにリフレッシュして少しお洒落な香り、白檀のように渋く侘びた(わびた)香りを部屋に通し、外に逃がして、1日の中で、あらたまった気持ちになる時間を作りたかったんです。
 
そうした上で、食事を作るときはお味噌汁の匂い、餃子を焼くときは油と焦げた薄い小麦粉の匂いがちゃんとして、ご飯の支度をする時の時間の匂いがし、シャワーを浴びたら石鹸の匂い、新しい服を出したらクリーニングの匂いがするという、たくさんの香りがある暮らしをしたいので、以前やっていたルームフレグランスはやめて、お香に切り替えています。
 
 


 
こちらは購入したお香です。
ホワイトセージのいくつかの種類とラベンダーです。
ここには出していませんが、白檀の香りが好きなので、けっこうたっぷり購入したんですけれど、ちょっと思っていたのとは違う、ありがたい香りがしたので(笑)、そういう心持ちになりたいときに焚こうと思います。
 
 

 
 
こちらはラベンダーの中身。
一本をお香立ての葉っぱの軸のところに開いている小さな穴に立てて、焚きます。
灰がお皿に落ちるので、後片付けもラクチンです。
 
ホワイトセージの香りは、少し甘みが強い香りがします。
ラベンダーはもっとカジュアルでお洒落な香りです。
 
火の始末には注意して、ちゃんと灰がお皿に落ちるのを確認してから、少し焚いた後、窓を開けて香りを外に逃します。
 
私の部屋は構造上、お隣に香りがそこまでご迷惑になる作りではないのと風がわりと通るのでやっていますが。
もしやってみようかな、と思われる方、おられましたら、換気扇や窓をうまく使えば、そんな目を開けていられない程、焚くわけでもなし、お寺さんや神社さんのように一日中焚いている訳ではないので、ルームフレグランスより弱い香りですから、問題はないのではないかな、と私は思います。
 
香炉ですが、いまアマゾンを見に行ったら、け、けっこうお値段がするんですね。
大昔、私が使っていたミニ香炉は、エスニック雑貨屋さんで800円くらいだったんですが。
・・・どうしてこんな本気のデザインばかりが出回っているんでしょう???
いまはやるなら本格派がメインストリームなんでしょうか。
 
手動アマゾンリンク
 
こちらは木蓮の花をあしらったお香立てです。
灰が落ちてしまうので、受け皿が必要ですが、これならインテリアの中に置いても主張しすぎないのではないでしょうか。
Unikato お香立て 白木蓮香炉 1350円
https://amzn.asia/d/8ykRXLT
 
こちらはちょっと大きめですが、お香を立てたりする実用道具がついていて良さそうです。
Agaou お香立て 線香立て 線香 お香 立て 香炉 和風 陶器製 蓋付き おしゃれ シンプル 難燃綿と香立てつき 1599円
https://amzn.asia/d/hqtCLpO
 
こちらは強いデザインですが、小さいのでスパイス的な効果として、素敵な感じです
丸香炉 お線香立て お香立て 香皿 アンティークモダン風 蓋 お香立て付き 陶器 1449円
https://amzn.asia/d/bovvtAX
 
こちらはシンプルなデザインに、カラーバリエーションがあって、お香立ての金具付きです。大きさも大小選べます。
GOKEI お香立て 1599円
https://amzn.asia/d/9ba7FPS
 
 
どれもけっこう本気な感じなので、ちょっと試しにという方は、小さな深めの器に塩を入れてそこにお香スティックを立てて、下に必ず広いお皿を置いて、テーブルが焦げないようにして、やってみてはいかがでしょう。
 
住空間の匂いや香りって、たくさん層があって、色々な匂いがするのがいいですよね。
 
私はしばらくは、お香と換気を使ったリフレッシュ、続けるつもりです。
 
それでは、素敵な日曜日をお過ごし下さい。
 
 
 
 
 
 
 
202403170317 18:08 誤字脱字の修正、分かりにくい箇所、引用説明の追加をしました。
 
 

2024/03/10

本日はW日曜版です(笑)


 
今日はみなさん、大変レアなものをご覧になっています。
 
この日曜日は、なぜか日曜版が二つ存在しているという、なんらかのバグではないか?と思われたかもしれませんが、内容が違いますので(笑)、大丈夫です。←?
 
この頃は、気持ちの上で少しずつ、本来の自分の感じにだいぶ近づいていっています。
それで、元々私はそうだったんですけれども、身の回りの小さな安価なものの範囲で、本当に自分が気に入ったもの、好きだと心から思うものを購入するようになりました。
 
節約生活なのは相変わらずなんですけれど、
SHEIN と Temu、ニトリ、アマゾン、ダイソーオンラインという力強い味方が2024年の日本には存在していますので、そちらであれこれ購入しています。
 
色々考え方があると思うんですけれど。
私は、好きで気に入っている考え方は、それは高価であるか安価であるかというのは二の次だ、という考え方です。
 
心のどこかで無理をしているのかな?と思わないことも無かったので、しばらくそんな自分を30年くらいじっと見ていたんですけれど。
 
もともと品(しな)が良い、ということが、品質の良さ、グッドデザインでお洒落を差すのなら、どうしてそこに気に入っているもの。
I Love Itが含まれていないのか、と個人で不思議に思っていたんですね。
 
私の趣味が悪いのかな、とか思ったんですが、そこに存在している、他の人のある種類に非常に偏った視線にも説得力があるもの、という項目に、私はすごく窮屈なものを感じていたんです。
 
それは私が、同じであることがほとんど無い人間に生まれついているのもあるし、高いものは良いものなのは当たり前である、という考えを持っているからなんです。
 
真正面から、一切の妥協なしに自分の胸をとらえて離さないもの、それが私にとって良い品物なんです。
 
勿論、シャネルやディオールへの憧れ、イヴ・サンローランへの敬意と素敵さへのため息は持ち合わせているつもりなんですが。
 
だったら貯金して買えばいいし、そうでなくとも気に入ったものがあるのなら、躊躇せず買えばいいという考え方なんです。
 
私は、SHEIN をこちらで紹介したとき、取り扱っているものが安いことだけで、持ってると格好が悪い、と思う人も居るところには居るだろうなと思いました。
 
でも、いくつか調べたときに、
SHEINは安いという感覚はあっても、SHEINはお洒落ではない、という感覚は無かったんです。
同じように、つい最近では私はTemuデビューを果たしたんですが、欲しかったアクセサリーは、高いものが欲しいのでも、安くていいやというものでもなく、好きなものが欲しかったんです。
気に入ったものが欲しかったんです。
 
普通すぎて、あまりいま市場に出回っていないデザインのもの、
こういうのあったらいいな、という組み合わせ、
もう少し繊細で古くさい、アンティークなもの、
そういう、ロンドンののみの市でお買い物をしたり、
フランスの横道に入ったところにあるアンティークショップをのぞいたり、
ニューヨークの街角に映画のように現れる、誰も知らない素敵な小さなお店でしか扱われない、いつか夢の中のコーヒーテーブルのすみに、アクセサリープレートの上にそっと置かれていた指輪。
 
そういうものが欲しかったんです。
 
それは世界中のマーケットを訪ね歩かなければ叶わないものです。
でも、それをインターネット通販が可能にし、安価であるというだけで誰も見向きもしない、そういうアクセサリーを集めて売ってみよう、というアイデアから、おそらくは始まったのだろうマーケットが、私がやってみたかったことをあっさりと叶えてしまったんです。
 
また、こういうものは他の人達はどうしているんだろう? そういえばマウスパッドっていまどんなデザインが出回っているんだろう? 
と量販店に行くと、自分の持っている繊細さと先天的な特性の為に、どうしても途中で店を出ないとならない私のようなものに、現在、手に入る範囲のもので何が求められているか、という問いに、あっさりと答えてみせているのが、
SHEINやTemuです。
 
あの人、
SHEIN持ってるって言う人、本当にいますか?
 
仮にそんな野暮な人がいるとして。
どうしてそれが目に飛び込んできたんですか?
 
お洒落だからでしょう?
素敵だからでしょう?
 
それ、良いね。どこの? と訊こうかどうしようか迷ったからでしょう?
 
ユニクロが出てきたときもそうでした。
私は、ユニクロの服が好きで、そして安くてたくさんお洒落な服が買えるのが嬉しかった。本当に嬉しかった。
 
だから若者だったとき、青年だったときも、私はユニクロを着て居ました。
そうしたらある日、職場で仕事も出来ない、嫌な奴が個人識別の特徴なだけのおじさんが、「君、ユニクロ履いてるの?」と嘲笑ったことがありました。
「ええ、いいでしょう? この靴下」と言う私を彼は鼻で笑って去って行きました。

なので、私は、それから毎日ユニクロを着ていってやりました。

そして私が着ているTシャツを見て、たくさんの、地方だけどお洒落だと自他共に仕事の世界で信じられている人達が、どうしてもわからないから悔しそうにこう言いました。
「そのTシャツどこの?」
「ユニクロです」
皆、黙り込みました。
それでも私は商店街の店頭の服とユニクロを組み合わせて着ていき続けました。
そうしたら、お洒落である。ハイセンスである。ということが仕事に強く求められる人達が皆、私にこう言いました。
「スタイリストをやってみないか?」
そう言われたのは1度や2度ではないですし、全員別のトップの人達からです。

私はご存じのようにお洒落でもハイセンスでもありません。
いまやインターネットは世界標準であり、当たり前に日本では東京が一番お洒落な街です。
 
だから私はこのエピソードをずっと隠してきました。
こんなレベルでは、恥ずかしいからです。
けれど、たとえ身近にちょっとだけそういうのが好きな奴がいるから、簡単に出来るからという理由だけで、勧められてたとしても、ユニクロを着続けていた私が出した、当時の、まごうことなき結果です。
 
好きなものを買って着ることが導き出した、当時の市場のリアルな解です。
 
私は、大昔書いていた物語の中で、登場人物達のモデルとなった人達がそんな価値観を持っているのではなく、当時のリアルな現実を写し取る為に、ユニクロを登場させたことがあります。

そして物語の都合上、一人の女の子を大切に思う気持ちを表現させるためだけに、ユニクロで良いじゃないか、というユニクロを認めない人達に対するアンサーとして、高いものが良い、良い服を着るべきだというポリシーを持っている設定の登場人物に、本人が好きで、一番、似合う服が結局は良いのだ、という展開をこれでもかと書いていました。
 
私の筆のあまりの力量のなさに、なんだか随分大きな誤解があったようですが。
良い機会なので、説明させていただきました。
 
 
私は、ババアになりました。
なので、もう言ってもいいでしょう。
 
シャネルに憧れる気持ちを持つ人々の好みを、
お洒落なものをただ着たいだけの人々の判断を、
 
好きなものを着る毎日を謳歌しているだけのみんなの選択を、
 
こちらにはなんの関係もない市場原理と古くさいハイセンス固定観念だけでジャッジして嘲笑うのは、いい加減にしていただきたい。
 
そういうセンスこそ、日本語で「クソバカダサい」って言うんです。
 

堂々としていましょう。
堂々と着ていましょう。
堂々と自分を飾りましょう。
 
好きなものを身につけ、お洒落だなと思うものを買える自分の選択と、判断のセンスを誇りに思いましょう。
 
シャネルとディオールを買うための貯金、サンローランの香水を狙う具体的な計画を、好きな服を着て楽しむ気持ち、お洒落をする自分の工夫を、
いつまで経っても理解できない人なんか、もう置いていきましょう。
 
 
春です。
気持ちが華やいでいるのなら、好きなものを、自分が良いと思うものを探しに、街やネットショッピングを覗いてみてはいかがでしょう?
 
私は、ちょっと買いすぎたので(笑)、自分のためだけに初めて
バラの花を購入してみようと、計画を立てる予定です。
 
それでは、素敵で、レアな(笑)、日曜日をお過ごし下さい。