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私の住む街にある、成功しちゃってるGrafity。きっと有名な所。 |
Grafityが街の落書きの名前です。
街にある落書きは、Grafityっていうんです。
グラフィティです。ええ、グラフィティって言うんですって。
詳しくは、Wikipediaを調べて頂いてですね。
私の認識しているざっくりした知識を披露するとですね。
公園で悪いことをしてない方の、ヒップホップの人達がいるでしょう?
スケートボードしたり、自転車でなんかスポーツらしきことしてたり、ダンスしてたりする、あのシャイでスマートでなんか頭が本気で良さそうで、NIKEとかアディダスとかの新製品をあっさり着ている、あのお洒落な人達。
あの人達の文化だったんです。
あれは落書きじゃなくて、グラフィティっていうHIPHOP(ヒップホップ)文化だったんです。
音楽とかアート(イラストや文字の芸術でお馴染みのタイポグラフィ等)のストリート系の文化だったんです。
ボブ・ディランでお馴染みのストリート文化の進化形が、Tシャツ手作りに凝って、音楽はいち早くスポティファイとサウンドクラウドでやって、写真集から画集から詩集から文学から世界中の表現という表現に詳しい、それらが総合芸術となった事でお馴染みの、ヒップホップ文化だったんです。
この人達は、ビートニクスでお馴染みの路上文学ビートも踏んで来てますよ!
そうですよ。ビートとラップ詞でリズムを踏んでいることでお馴染みの、さらに諸外国の純文学の言葉、自分達のアイデンティティの復活を語った演説、映画の台詞、よくあるシチュエーション等を引用し、転じて(インスピレーション)、言葉でも韻を踏んでいる事で、あの人達は自分達の表現で一体何をしてるんでしょーね!
ストリートとグラフィティとビートとラップという路上の言葉とファッションとライフスタイルから哲学までもを融合した、総合芸術ヒップホップ文化のサインが、あの街の落書きだったんです。
そうすることできっと最初の方達は、報道していたんですね。
報じていたんです。ご自身達の主張を、当時最新のスタイルをもって新しい文化の産声をあげていたんですね!
それが街の落書き達の正体だったんです。
ちなみに2025年現在では、東京ではグラフィティは滅亡しているそうですが、私の住む街では、去年、お前らが人ン家の塀にうっかりグラフィティ描いてっとこ、私は見たよ。
さー、私が誰かはともかく。(エナメルです。)
単にウルフ団をやりたかっただけなら(byアメリカン・グラフィティ)別にいーけど。私関係ないし。
ただそこン家のは、グラフィティはコピーしているけど、グラフィティでは無いだろう!
アレはとっとと同じやり方でこっそり消しときましょう。(注意)
私の住む街では、90年代初め頃か80年代後半頃、ちょっとした「一体、何が芸術か? 」という街の中だけでのローカル論争が勃発していました。
詳しくはがんばってアーカイブスを調べて頂くとして。
グラフィティ以前に、あれはウォール・アートではないのか? ということで、
何を以て芸術というのか。これは芸術なのか。
鑑賞に堪え得る? え、ちょっと待ってください。それはあなたの個人的感性であって、芸術をあなた個人で縛るんですか? 九州派の発生でお馴染みの私達は許しませんよ? いやちょっと待ってよ。音楽も芸術でやっぱピカソのアレもあるわけだから平和に・・・、うるせーばーか!引っ込んでろ!ロックじゃねーよ、芸術の話してんだよ。
評論家か? 評論家を気取るのか? じゃあお前らは自分で書いてみろよ!
え、なんか文豪の先生出てきたんだけど・・?
カタカナ職業は黙ってた方がいいですか?今飲んでんのソレおごりですよね?経費じゃ落とせませんよ。ていうかカタカナって日本語ですよね!
大体、あんた達はねーー!
・・・・てーーきーーな。(無表情)
そんなこんなで、例のウォールアートは、当時の私どもヤング(世代ではない。)な人々に
「え、だってすっごい上手いんだけど?」
「上手いっていうかプロなんじゃ・・・」
「なんかの宣伝?」
「こういうのに理解を示さないから日本はダメなんだよ!(街の話だよー。by未来の私より)」
と、どうすんだろう? どうなるんだろう?
と割りかし真面目に、どうしたらいいですかね? と街の人達全員が考え込んでいたんです。
憶えている範囲では、確かそちらの塀は、新しくしたばかりだった。人の家で、当然そちらの縁の方が描いたのではなかった。
住んでる方の話によると、夜中に「シューッ」という音がしていた。朝になって見たら描いてあった。 そうです。
それでさらに街中が驚いたんです。
ひと晩で?あれを?描いたの?
・・・ど、どなたですかー?(超小声)
出てきて下さーい。絶対プロの芸術家さんですよねー?あのー色々とお話を伺いたいんで。出てきてもらえませんか?
というむちゃくちゃ小さい声での呼びかけにも、どなたも応えず。
しかも当時、その地域は、世界中の建築家とデザイナーがこぞって大変なマンション群と建築群を造った場所だったんです。
私達の感じは、とにかくあの絵がもの凄いので、なんとか保全の方向に出来ないでしょうか?
というものでした。
ただ、同時に全員が、あの家の人達はどうしたら? と思っていたんですね。
ウォールアートは当時こちらにも入ってきていて、キース・ヘディングは世界中の人達から愛されていましたし、私達も大好きというよりとても尊敬していました。
たぶんですね、絵を描く人達をもの凄く尊敬しているんでしょうね。
2025年の私は、おそらくその方は、世界中からやってきた建築家とデザイナー達に、一種の芸術的挨拶を返したのだろう。と思います。
そしてもう一つ、大きな問いかけを起こしたんでしょうね。
九州派がやっていた前衛アクションと同じ、行動っていうか動議を起こしたんでしょう。
成功したと思います。
街中の人々全員が、ウォールアートとは? 芸術とはそもそも一体何か? と考え、口に出して話し合ったり意見を持ったりしたんですから。
まさに動議です。
結末は、話し合いに話し合った結果、その絵はどこかに移動されて展示されているらしい、という憶測の返答と、塀は家の方達の物ですので、元に戻されました。
一定の掲示期間を持ち、動議を起こし、憶測という、描いた人物の正体を決して明かさせず、法律を持ち込まず、問いかけに応じさせ、何もかも元通りにして、その波を起こした作品を人々の記憶だけに展示し続けたのですから。
解答は、これは芸術である。
だったんですよね。
どなただったのかは、未だ不明です。
私は2025年までこの街で、専業の人々や専門に学んだ人達にめぐり遭う度に尋ねましたが、全員、憶えていて、そして知りませんでした。
グラフィティについては、また今度。
私が住んでいた通りでは、グラフィティが未来の時間に、大変困惑させ、嫌がらせだろうか、悪意ではないか。どうしてこんなことを? という痕跡を漂わせてしまい、私も少しだけ意見を持っています。
ちなみに上記のウルフ団達の痕跡は、とうに消えています。
だいぶ前のことですからね。
Grafityをちゃんと知ろうね。私もつい最近、知った所。
エナメル
20250402 22:15 文章を直しました。