日曜日なので、穏やかな内容を書いています。
「予想はだいたい当たっていた。かわいげのある大人のへや、という感じ。濃い色のじゅうたん。本棚にぎっしり詰まった要所。それから予想外に、海っぽいタッチがあった。どことなく、そうだった。古い揺りいす。皮張りのソファ、台所の床に放置された鉄のストーブ、飾り戸棚にずらっと並んだ酒瓶。何となく、船室の趣があった。」
「予想はだいたい当たっていた。かわいげのある大人のへや、という感じ。濃い色のじゅうたん。本棚にぎっしり詰まった要所。それから予想外に、海っぽいタッチがあった。どことなく、そうだった。古い揺りいす。皮張りのソファ、台所の床に放置された鉄のストーブ、飾り戸棚にずらっと並んだ酒瓶。何となく、船室の趣があった。」
(吉本ばなな N・P 角川文庫 より 初版1990年12月)
<僕の心の中には廃墟がある。 坂本龍一>
この言葉は、90年代にとある小さなブックかその頃偶然手に取った雑誌のど真ん中に、印刷されていたものです。
いま検索したのですが、どの雑誌だったのか、どの単行本だったのかの情報がありませんでした。
どうして私がこれを坂本龍一の言葉だと強烈に記憶しているかというと、私の故郷のコンクリート群の光景が、やがて大人になり、生まれて初めて東京に行った時、ただ、ビル群を背景とした町に臨み、懐かしい。と瞬時に認識した体験からです。
その時、どうしてだろう? と奇妙に思いました。
そして、東京という街は、私の故郷に酷似しているのだ。と、結論を出しました。
それからまた年月が過ぎ、違う街に住む私は、東京で青年期を過ごしていた人に、わかるかな? と、この体験を軽く話すと、即座に私の故郷と東京のどこが似ているんだ。と吐き捨てられました。
そんな地方都市と大東京が似ているわけがない!と東京に住んでいた時期がある人に言われたんですね。
私はそれでも、最初に出した結論にひるみませんでした。
東京に住んでいたことのあるこの人達にはわからないけれど、東京は私の故郷に酷似している。と思い続けました。
やがて、さらに未来、東京は府中市で起きた三億円事件をモチーフとした美しいフィクション、「初恋」という映画を観て私は、あ、と思いました。
そしてすぐに、私の故郷で当時の東京の風景を撮影した。という情報に行き当たりました。
つまり、私の原風景はやはり故郷の街だったわけです。
だからこそ東京を懐かしいと思った。
だからこそ東京を懐かしいと思った。
いま私は東京で生まれ育った方と一緒にいるのですが、その方は現在私が住んでいるエリアを見て少し驚いていました。
「東京に似ているな」とぼつり、と言いました。
「どうしてここに住もうと思ったんだ? 」とさらに静かに尋ねました。
私はなんと答えたかよく覚えていませんが、気に入ったから、とか、この景色が好きだったから、とか、そういう言い方をしました。
そしてつい先頃、「ここも(この一角も)東京に似ているな。」「どうしてこんなことするんだろうな。日本の街はどこ行っても東京に似てる。」
と夜を滲ませながらそっと言いました。
なのでまあ、私の原風景と私の結論は、思いっきり正解をもらったわけです。
では原風景ではない自分の記憶の景色はなんだろう? という風に話を進めますが。
「東京に似ているな」とぼつり、と言いました。
「どうしてここに住もうと思ったんだ? 」とさらに静かに尋ねました。
私はなんと答えたかよく覚えていませんが、気に入ったから、とか、この景色が好きだったから、とか、そういう言い方をしました。
そしてつい先頃、「ここも(この一角も)東京に似ているな。」「どうしてこんなことするんだろうな。日本の街はどこ行っても東京に似てる。」
と夜を滲ませながらそっと言いました。
なのでまあ、私の原風景と私の結論は、思いっきり正解をもらったわけです。
では原風景ではない自分の記憶の景色はなんだろう? という風に話を進めますが。
昨日インテリアに使うライトを探していた時に、ふと海のエッセンスを取り入れたいと思い、相談しながら色々見ていました。
素敵なライトを見つけ、すぐに購入し、安い買い物ではないので、この先、少しずつこのテイストのものを揃えていこうと、満ち足りた気持ちで眠りにつきました。
こちらのオンラインショップです。
船のでんきや日東電機 Online shop
https://210dk.thebase.in/
美しい写真は同じリンク先様のサムネイルをお借りしています。(サイズ変更のみエナメル)
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今朝あれこれ考えていたんですが、私の故郷には「海のテイスト」が全くなかったんです。
でも”海っぽいタッチ”のものを、ずっとこの歳になるまで探し続けているんです。
変だな、と思っていたら、私がこの街に来て最初にやったことは、制服を着たまま土曜日に電車に乗って海を分ける道の先にあるヨットハーバーにあるレストランでランチを食べる事だったことを思い出しました。
サンドイッチです。それとジンジャーエール。
その時間がとても好きで、私は他に誰も客がいない土曜の午後のレストランを貸し切りにしたまま、静かに窓から見えるヨットと海を見下ろしながら、黙ってランチを食べていました。
いま考えると、店員さん達が「この子のことはそっとしておこう。とてもロマンティックな午後を楽しんでいるのだから」と、私が店を出るまで全員カウンターの中で作業をし続けていた、不自然極まりない仕事をさせてしまった気遣いが申し訳なくなります。
そして、とても幸せだった時間を、いまでも時折、思い出します。
そのレストランはいつの間にか無くなってしまい、もう少し大人になり、結局恋にはならなかったけれど予感がある2人でドライブで行った時には、建物自体がありませんでした。
じゃあ一体、その”海のタッチ”はどこからやって来たのかというと、分からないんです。
そのレストランはいつの間にか無くなってしまい、もう少し大人になり、結局恋にはならなかったけれど予感がある2人でドライブで行った時には、建物自体がありませんでした。
じゃあ一体、その”海のタッチ”はどこからやって来たのかというと、分からないんです。
もっと子供だった制服を着ていた頃にも、緑色の透き通った大きなガラス玉が茶色いロープで編まれた中に入っているインテリアがある喫茶店、駅前の、青く下に行くにつれ細かい三角形のひびをわざと入れたガラス瓶を眺めたり、灯台について18歳の頃、小説を書いてみたりと、なぜだか海なんです。
楽曲かな? と思ってさらってみても心当たりはないし、実は私の生家は誰も音楽を日常的に聴く文化も、海辺にドライブに行くという文化もありませんでした。
海水浴は田舎の海辺です。
なのに、私には”海のタッチ”が強くあるんです。
海のない町に住んでいた頃は、雨が降ると潮の匂いがするという歌詞を知り、その通りだと息を飲み、大人になると海辺のバーをあてども無く探したり、埠頭は人気が無くてあまりにも怖ろしいから、繰り返し繰り返し高速道路から見渡す内海と外海の境を見ていたり。
これは一体なんだろう? とよくよく自分の中に目を凝らしてみると、どうも、曇った空、小雨から少し強くなりつつ雨が降る、白い建物とビニールの紺色のレインコート、なぜか桟橋?かコンクリートの汚れた建物の傍のスペース、そしてライトがあるんです。
寒い、冷えた滲み方をした光が二つ、奥から手前にあり、白く尖った波模様が続く鈍色の水平線、高い上空に低く曇った天気、それを5キロほど離れた雨の降っていない場所から見ている。
その光景があります。
なんだっけ? と考えても考えても、そんな体験はないし、周囲にそのような人は皆無。自分の体験を繰り返し繰り返し話して聞かせてもらった経験も皆無。
そんな昔にはテレビは見せてもらってなかった。
後付けの映画を観ていたとしても、タイトルや俳優すら記憶していない。
雑誌の写真であったとしても、幼稚園生頃の記憶です。
さすがの赤毛のアンも字が読めるようになってからですから、小学校2年生です。
当時、読書に触れさせてもらっていなかった私が必死で目で追っていたのも、レシピ本とジャーナル写真ですから、それ以降ではない。
映画も小学校2年とか1年からです。
その前は観ていないはずです。
ひょっとしたらスピルバーグのジョーズではないか? とも思うんですが、なんと映画鑑賞というより音楽がそのものが怖くて、私、終わるまで画面観ていなかったんです。
それで文句を言われてバカにされたのでちゃんと覚えています。
それ以前はありません。
しかもディズニーもまた、触れていない文化背景だったんです。
なんなんだろう? と朝のキッチンで首を傾げていて、生まれて初めて自分の中に、素敵な予感のする光景が存在する楽しさに、穏やかな幸せを感じています。
それで冒頭の吉本ばなな著 N・Pを思い出し、引用しました。
写真の本がベコベコなのは、何度も何度も数え切れぬほど読み返し、毎年、梅雨が始まる前に必ず開いていた私の日々、そしてふと思い出してはまた手に取り、風呂の中でも読んでいた可笑しな夢中の時間の栞です。
みなさんの中に、そういう光景はありますか?
見つけ出すヒントは、今までの時間、自分が選んできたものに点在する共通エッセンスです。
これは何でしょう?
見つめてみて下さい。
とても静かな、きっと自分は昔、一枚の写真だったのではないか? と思える時間を過ごせますよ。
それでは、素敵な日曜日をお過ごしください。