O先生によるエナメル紹介



ブログ更新通知機能付きRSSリーダー - ブログチェッカー
https://play.google.com/store/apps/details?
id=com.skelabo.blogchecker&pcampaignid=web_share

うっかりカツカツやって来て、うっかり居ない。( By O.)
 

2023/12/04

おおおお誕生日おめでとうございますっ!!


 
 
じ・・・、JINさん、お誕生日おめでとうございます!
 
J-HOPEさんも、特級戦士おめでとうございます!(つい最近知りました)
 
みなさん、今日は、JINさんのお誕生日ですっ!
お誕生日やんないって決めたんですが、あまりにも私の行動範囲で何も言われてないので、ちょっとビビってます!
(あんた今界隈うろついてないじゃん)
 
本日、12月4日は、BTSのJINさんのお誕生日です!
今日は、防弾少年団の宇宙スター、JINさんが生まれた日です!
 
きっとウィバースでは盛大に祝われていることでしょう。(行ってないんかい!)←いや、いま色々と作業中。
 
・・・、お・おめでたい日です!
おめでたい日なんですよ!みなさん!!
 
祝いましょう!(強制?)
 
とにかく、JINさん、良い1年を!
よりハンサムライフを!(何それ(苦笑)) 


 
 
 
 
 

タメ口きいてんじゃねーよ!


 
 
なかなか激しいタイトルですが、別に怒り狂っていないので安心してお読みいただければと思います。
 
タメ口というのは、みなさんご存知の通り、敬語を使わずに話すことを、日本では俗にタメ口と言います。
 
そういえば、私、大昔、WEB限定でテキトーキャラだったことがありまして(昔から、何やってんの?)、そっちの方がWEB関係で現実にお会いした時に、誰かわかるかなって練習していたことがあったんですが、結局、敬語で話してしまうという、現実でやれたことは1度もなかった、ティッキン(チキンね)エピソードの持ち主です。
 
そのタメ口。
現実社会の私の認識では。
 
 
1・とても遠い間柄だと思っていた人が、こっちにタメ口をきいてくれると、ちょっと距離が近づいた気がして(あくまでも気がして)嬉しい。
 
2・同じく、好きだな、と思ってる人が、タメ口でいいよ、と言ってくれると、仲良くしてくれる気があるのかな、と思って嬉しい。
 
3・親しい人間同士で使う言葉。
 
4・そうでない場合は、ぞんざいに扱っていい相手に向かってしか、使わない言葉。
 
5・命令する時に使う言葉。
 
という認識です。
 
なので、タメ口を初対面の相手にきくのは、とても危険なことだ。相手を不快にさせることだ。という考え方をしていますし、気をつけていることです。
 
私は、芸人さん達と呼ばれる方々や対岸の方々という認識をしている人達について、基本ポジティブです。
そんなことは実際にはありませんが、例えば、ヒーロー達と現実にばったり出くわした時、または取材で撮影クルーを引き連れて、ライトの中でマイク越しにお話しする場合を想像してみると、その方達が、タメ口をきいてくれると嬉しいです。
 
それは「とても距離のある人達」で、「とてもじゃないけれど、こちらからタメ口をきいてはいけない相手」と、私が認識して、とても緊張していたり、不愉快な思いをさせたくない、という好意があるからです。
 
そういう人達を相手にした時、当然、こちらはカチンカチンに緊張していますから、それをほぐす意味で「タメ口をきいてもらえると」
「わ、親しい感じに扱ってくれるんだ」
と嬉しいわけです。
 
それは失礼でもなんでもない。
おそらくこれは多くの方々が同じ気持ちだと思います。
 
けれど、それにはとても重要な要素がワンアイテム不可欠にあります。
 
それは「こちらがタメ口をきかれることが嬉しいと思えるほどの魅力をその人が持っていること」です。
それは、当然、プロにしかできません。
もっと切り出すと、芸能界デビューを果たせて活躍できるほどの、魅力の持ち主しかできないし、それができない人は、やってはダメな行為です。
言い換えると「距離を縮めたいと、タメ口をきかれる側が思っていること」が条件です。
 
「魅力」でいうと、お酒を楽しく飲んでもらえるようにするのが仕事の、非常に難しい職業に就いているホステスさん(いまこの言い方であってますか?)達に対して、お客さんは、「距離を縮めてくれると嬉しい」そう思っています。
 
それはお客さん側が、最初から、ホステスさんは、こちらをいい気分にしてお酒を楽しく飲んでもらえるお仕事をしている人、という認識があるからです。
「距離があるのが前提の職業であり、技能だからです。」
それもお客さんもちゃんと理解している。
 
だから、ホステスさん達は、敬語を使った方がいい相手か、少しだけくだけたほうがお酒をリラックスして飲んでもらえる相手か、気さくなほうがいい相手か、を即座に見極めるスキルを持っているんですね。
 
決して「ぞんざいに扱っていい相手」と認識しているわけではないんです。
 
対してお客さん側もちゃんと距離感を認識している。
なので、ある時、ふと、丁寧な会話をしてくれていたホステスさんが「タメ口」で話してくれると、ああ、少し距離が縮まったんだな。自分のお客さんとして認識してくれたんだな。と判断できるわけですよね。
 
これもタメ口を聞かれて嬉しいケースです。私の想像がつく範囲ですけれども。
 
もっといくと「他の人には失礼でも、ご本人とホステスさん同士が、暗黙の了解の上で、ぞんざいな言葉をやりとりしてふざけてざっくばらんに話したりする」という、「普通は失礼であまりやらない行為」という線引きが反転して、距離が近いことをお互い認識し合える、そして他の人にはそうそうやらないことをし合える仲」という段階に進めますが、それは、頑張っていいお客さんになっていただくとして。
 
まあ、だから、これを男性で例えると、自分の方が仲がいいアピールとして、誰かその男の人が女性といい雰囲気になってるのを見て、さっと行って腕を掴みながら「ねー、〇〇ぅー、こないだのあれどーなったのぉー?」とか言って、「アタシはあんたより彼と親しいのよアピール」に使われたりするんですよね。
非常に古典的なアピールですね。
いまでもいるんでしょうか。やってる方は。
 
 
「距離が近い」というのは言い方を変えると「あなたと私は同じ階層の人間ですよ」という言葉になります。
そのアピールに使われるのが、タメ口。
でもそれだけでは心許ない(こころもとない)から、スラングっていうものが発生していくわけですね。
「その場所に参加している、その人達同士だからこそ知っているはずの同じ情報を共有している安心感」のアピールです。
合図でもありますね。
だからネットスラングっていうものがあるんですね。
顔も名前も知らない場所では、特にその傾向がある。
 
そしてもうひとつ「あなたと私は身内ですよ」という同族アピール。
仲良くて当たり前、「あなたと私は最初っからそのスタートラインですよ」という合図。
だから「タメ口OKだよ」と言う人達がいるんです。
 
そして、イレギュラーな場合。
緊急事態の時には、この身内のような距離の近さ、がとても有効に働きかける効果があります。
 
それは、大変なことになっている人に「どうしたの?」と声をかける時、平常心でない人に即座に安心感を与えるために「どうしたの?」「大丈夫?」と声をかけるのがそれです。
主に「声をかける相手が孤独を感じているのだろう」と判断される場合と、それが判断できる場合にのみ有効です。
だから、これをやれるのは、特殊な技能と職業上そのケースを認識している職業の方です。
これは、緊急事態の時のみ、「私とあなたは同じ種族ですよ。という安心感を与えたほうが良い」と判断できる場合のみです。
これは日常ではあまり顔を出さない。
だから、そういうことをやったことがない、成功体験のない人は、やらないほうがいい難しい判断です。
 
それくらい現実社会では、タメ口っていうのは、難しい使い方を要求されるものなんです。
親しさ、というものが非常に難しいものであることを知っている社会だからなんですね。
だから敬語という言葉が存在しているし、敬語を使うのがあたりまえなのが、日本の一般社会です。
 
それをやらないでいいとされる前提があるのは、幼児だけです。
 
いま書いて来た特殊な状況や特殊な技能が要求される人達が、社会の中でタメ口を使えるのであって、誰彼かまわずタメ口をきいて許されると思うのは、
 
1・傲慢
2・自分は相手より偉い、立場が上だという前提を持っている
3・命令してもいいと判断している
4・ぞんざいに扱ってもいいと判断している
5・失礼な言い方をしても怒らないだろうと判断している
 
人達だけです。
 
よく言うでしょう。
タメ口をきく人たちが「親しみを持ってもらおうと思って」っていう言い訳を。
でも、そう答えられた人は皆、不愉快そうな顔をしている。
理由は「あなたに私は親しみを持ちたいと望んでいないし、私はあなたと親しくなりたいと思っていない」からです。
 
私はタメ口をきかれるのが大嫌いです。
理由は、尊敬されたいからなんかじゃ絶対にない。
 
知りもしない相手から、現実でいきなり、ぞんざいに扱われたり、失礼な態度を取られたり、不愉快な言葉を投げかけられるのが、大嫌いだからです。
そうしてもいいと勝手に認識されているのが大嫌いだからです。
 
自分よりこいつは下だから、この程度でいいと、いう判断をされ、不利益をこうむるのが、大嫌いだからです。
 
タメ口をいきなりきいてくる相手は、やんわりと抗議すると必ず、こう言います。
「プライドたっかっ!(プライド高い)」
「硬いなあ」
「親しみを持ってもらおうと思ったんだよ」
「ほぐそうと思って。いいよ、もう! そんなに言うんだったら」
 
これらの言葉に共通するのは
「全部、相手のせいにしてる態度・考え方」
です。
 
お前がただ単に失礼なのに、全部相手が悪いことになっているという、素敵で巧妙な責任転嫁。
人のせいにしまくりの、自分のことは鮮やかに棚上げして、気がつこうともしない自意識。
 
じゃあきくけども。
相手がイカつい男性だったら、あなたは同じことを言うんですか?
相手が今にも殴ってきそうな男性だったら、あなたは同じことを言うんですか?
相手が怒鳴り散らしそうな男性だったら、あなたは同じことを言うんですか?
相手が社会的に立場が強そうだったら、あなたは同じことを言うんですか?
相手が権力を持っていても、あなたは同じことを言うんですか?
 
相手にそんな態度をとっても、あなた自身に不利益をもたらす怖れが、可能性がないから、そんな態度を取っているんでしょう?
 
あなたが、現実で社会的な判断ひとつできない、愚かな人だからでしょう?
 
あなたが、現実で社会的な態度が取れない、馬鹿だからでしょう?
 
 
そんな人達に私が言えるのは、せいぜいこのくらいです。
 
 
「タメ口きいてんじゃねぇよ、ばーか。」
 
 
 
 
以上、タメ口きいてんじゃねーよ! でした。
 
 
 
 
 
 
 
 

2023/12/03

綺麗な人の歳の取り方


 
 
日曜日なので、穏やかな内容を書いています。
 

こんにちは、エア絶世美女のエナメルです。(遠い目)
 
綺麗な人に向けて、今日は有効な情報を書いてみようと思います。
綺麗な人とは、私とは真逆の、本当の意味で顔の美しい人達。
1軍美女と私がカテゴライズしている方達に向けてなんですが。
 
10年くらい前に、すごく美しい方が歳をとるのが苦痛である。というのをネットか本かで読んだ記憶があります。
 
想像するしかないんですが。
 
完全無欠にいいバランスで美しい方達というのは、もしかしたら、自分は美人のまま歳をとるのは無理だ。という前提で生きてらっしゃるのかな。と思ったんです。
 
すごく綺麗な布のシワが人目を引くと「勘違いしてしまう」ように、美しさの絶頂はきっと20歳くらいから30歳くらいまでで、そのあと自分の美しさは散っていくばかりである。と思い込んでるのかもしれないな、と思ったんです。
 
それで、本当にそれはそうなんだろうか? という疑問が、多分、10代くらいから私にはあって。
 
で、きっとそういう美人さん達には、モデルケースの情報があまりないんだろうな。ということに行き当たったんです。
 
例えば、テレビや映画に出ている、女優さんやタレントさん、誌面で大活躍のモデルさん達って、ずっと美しいままなんですが、若さ、という要素が重要視される職種の中で、年齢を重ねても美しさを保っておられる方々は、
 
1、それは特別な職業についているから、維持も特別だから。
2、歳を重ねても、若さではアピールできなかった美しさを外に取り出すことに成功している人は特別なだけであって、それができる人は、たくさんはいない。
 
という目で見られているんじゃないかと思うんです。
 
私の目からしてみたらとても不思議なのは、すでに先達の人達がいるのに、現実社会の中での美人さん達は、その人達と自分は別世界の人間である。と決めてしまって、違う種類の努力や苦しさを抱えているのではないでしょうか。
 
私は、必要であって、事前にちゃんと金銭面でも体調の面でも準備ができるのなら、美容整形や美容医療(であってますか?)も本人が思う通りにするべきだと思っています。
 
ただ、私があれ? と思っているのは、若い頃の顔の維持に追い詰められている方がいる、ことなんです。
 
それは、その方達にとってのモデルケースもいないからなのではないか、と長い間考えていて、多分、そういう方は、ナチュラルな方向にシフトするのも何か違う、と感じているんじゃないか、と思っています。
 
それも素敵だけど、そうじゃないんだ。と。
自分としては、もっとそういうんじゃなくて、今までの延長線上のライフスタイルを送りたいんだけど、そこでの維持のポイントが見つけられないんだ。
ということじゃないのかな、と見ていた時に、ついさっき、この方は、おそらくそういう方達のモデルケースになる人ではないか、という方を見つけたので、お名前を書いておきます。
 
ご存知の方も多いと思いますが、松本千登世さんです。
 
早速ググってみてください。
あっ!と思われる方、結構おられると思います。
 
この方は、あなたにとても似てらっしゃいますよね?
そういうことですよね?
 
松本千登世先生は、美容エディターさんであり、作家さんなんだそうです。
1軍美人の方々は、この方を坂の上の雲にしていくと、バシッと目標が定まると思うんです。
 
それで、私はまだ著書を拝読していないので申し訳ないんですが、いまAmazonで最新の著書の試し読みをしたら、
1軍美人でなくても、当ブログの美しい全読者のみなさんが(なんですか? 異論は許しませんよ?)、この方を目標にしていくことで、若い時の美しさがその人の美しさの最盛期、という、なんだかよくわからない呪縛が解けるのではないか、と思います。
 
私は、ですが。
人は皆、若者を好む。というのは、ほんとですかぁ? とずっと思って生きています。
 
いや、わかるんですよ。

私も、おばさんど真ん中になったいま現在、私に関係なく道を歩いてる若い方々を見ると、エネルギーすごいな。とか、元気そうだな。とか、パッとその場が明るくなる存在感を持っているな。とか。若い方には若い方にしかない美しさがあるんだな。とか。
そういう風に思ってすれ違っています。
 
だから、若いカップルを見ると、いいな、素敵だな、とほのぼのしますし、若さというのは、何ものにも変えがたい、大切かつ重要な要素なので、若い方の視点、考え方、やり方、時代の空気を敏感に体感しているライフスタイル、価値観、その他もろもろは、決して無視してはいけないと思っています。
私も、積極的に、若い方の考えや思っていることを、率直に知りたいと思っている人間の1人です。
 
で、そうなんですが。
そうなんですけども。
 
20代の時だったと思うんですが。
何かの雑誌で、映画紹介をしていて、その映画が、タイトルは忘れてしまったんですけれど。
40代の女性が、30代の男性と50代の男性と2人から告白されて、どうしようか真剣に悩む。っていう映画だったんです。
 
で、これずっと考えている話なんです。(ヒマなの?)←ええ、多分ね。
 
みなさんだったら、どうしますか?
 
私はその時、20代だったので、ターゲット年齢が30はありだけど、50は考えもつかなかったんです。
ジャン・ギャバンは素敵だけど。(おととい写真を見て、ジャン・ギャバンが誰か1致しました。)
 
だから、20代の時は、もう30の男性を選ぶだろうな、なんですよね。
で、いや待てよ。私、30代になったら、どう思うんだろう?
と思って、30代になった時に、また思い出して、あれ、これはわからない。
この主人公の40代の女性がどちらを選ぶか、わからなくなったんです。
 
私、40代になった時に、30代の男性をターゲットにするだろうか。と思ったんです。
 
いやいや、50代の男性をターゲットにしない理由がわかってくるだろう? って思われる方は思われるかもしれませんが。←?
 
私、これって、30代のいまの自分が20代の男性をターゲットにするかってことだよね。とふと思ってですね。

そんな元気ない。って思ったんです。
精神的にも肉体的にも。
セクシャルなことではなくて。
正直、「ついていけない」と思ったんです。

恋愛の最初の情熱にも、途中の真夏の午後のような憂いにも、安定したその後の、一種、運命共同体のような気持ちになっていく強さにも。
あ、無理だわ。と思ったんです。
 
その頃の、30代の私は、もう私多分、いまの自分が20代の男性とお付き合いして、恋愛のごく初期の、どうでもいいようなケンカとかして(言い方)、仲直りの電話して、またなんかご飯食べに行って、次の段階に進んで・・、って考えたその時点で、めんどくせーーーーーーっ!と思って、投げだすだろうな。と思ったんです。
ええ、私は、愛情が非常に雑です。ごめんなさい。
 
どうして、私は(あくまでも私は、ですよ?)、そんな風に思ったのかな、といったら、
多分、当時30代の私の、20代の記憶と相手の20代は、リズムが違うし、熱情のポテンシャル自体が全く違うから。
持ってる若さの質は同じでも、大きさや重量が全く違うから、だったんです。

だから、30代当時の私が思う、些細なこと、恋愛で大事にしたいこと、と、その時の架空の20代の男性が思うであろう、恋愛のあれこれへの、「取り組み方」が、たぶん、違うんじゃないか、と思ったんです。
 
その頃から、また随分と時間が経って、いま思うのは、おそらくそうだっただろうな。ということなんです。
 
だから、30代の私が考えている時点の、上の年齢の男性は映画の設定の10歳ブランクの比率でいうと、40代になるわけなんですけど。
きっと40代の男性も、30代の私を見て、同じ気持ちになると思ったんです。
 
で、そこを乗り越えるのが恋愛なんだよ、ということなんでしょうけど。
 
「取り組み方」が同じの場合は、とても幸せだけれど、20代での恋愛って未来も含めていくでしょう?
30代もそうだけど、同時に現在地の豊かさを求めていくんじゃないですかね。
40代になると、同時に現在地の豊かさと精神的な広さ、っていうんですかね。そっちの比重が強くなっていくんじゃないでしょうか。
50代になると、もう、その先にある老年での豊かさと、現在地の収穫と精神的な安定と、項目が増えていくような気がするんです。
 
それを、恋愛のごく初期の、なにもかもより優先したい情熱が終わった後の、相手との関係を築く上で、この、恋愛への取り組み方がこうまで違うのに、付き合えるんだろうか。という疑問だけが残ったんです。
 
なので、私は、この映画を観たことがないですけれど、
当時30代の時から私が思う映画の結末は、主人公の40代の女性は、どちらとも付き合わないだろう。と思っています。
 
歳の差婚や歳の差恋愛を否定しているのでは絶対なくて、
多分、その取り組み方が1致する相手と、どんな年代でも、どんな歳の差でも、付き合うんですよ。
で、それであっても、お互いが少しずつ溶解し合って、結婚という選択をするならして、その先の長い共同生活が始まるんですよね。
 
それじゃ映画にならないから、きっとどちらかとは付き合ったんでしょうけど(笑)。
 
ただ、私は、人は皆、若者を好む。というのは、こと恋愛やパートナーシップでは、正直言って、違うんじゃないかと思っています。
 
「車とパートナーは、新しいほうがいい」

いま風にいうと、こうなると思うんです。
あのヘンテコな、至言とされている言葉って。
でもそれって、車もパートナーも、バージョンアップしないって言ってるんですよね。
 
ずっと、ニューモデルばっか追いかけてって、グレードはイージーなままで、いっつも人生すごろくの最初のコマから、10コマ目まで。
そこまで行ったら、はい、また最初から。
永遠に、その先に行けないんですよ。行かなくてもいいんでしょうね。
 
まだ青い果実しか食べたくないんですよ。
そのスタイルで生きていくと。
 
私は、10コマループのセレクトしか繰り返せないのは、すぐ飽きます。
なので、バージョンアップしていくほうがいい。
桃は(好物)、ちゃんと熟れてから食べるほうがいいです。
熟れすぎたらネクタルやワインにして楽しむ選択肢があるほうが、断然いい。
 
だって私は、25から先の人生のほうが、圧倒的に長いことを知っているから。
 
・・・まあ私がバージョンアップできているかどうかは、言及しないまま、
しれっと終わりますが(笑)。
 
 
12月ですね。
すっかり寒くなって、我が家ではストーブを2台に増やして、例年通り、暖房メインに使っています。
実はさっき、年末用のテーブルワインを数本まとめて注文しました。
クリスマスは魚を食べる予定です。
 
みなさんは、何を食べるか決まりましたか?
美味しいものを、好きなものを、召し上がってくださいね。
 
それでは、素敵な日曜日をお過ごしください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2023/12/01

街で見かけて、羨ましいなと思うファッション、というリンク集 再投稿します。

 
投稿時間が朝方で寝ぼけていたようです。
 
先日投稿したファッションリンク集で、@patraofficialchannel5971さんの
動画リンクが機能しておりませんでした。 
 
大変失礼いたしました。
 
再投稿いたします。

 

 

ここからは、私が街で見かけて、羨ましいなと思うファッション、というリンク集です。
 
@patraofficialchannel5971さんの現役大学生の最新冬コーデ。
現役大学生とありますが、これなら全年齢、40代からそれ以上まで、うまく自分好みの丈、露出面積、素材を組み合わせたり、変えたりして、綺麗な人の感じになるんじゃないかと思い、リンクさせていただきました。
 
 
 
 
 
 

2023/11/30

オンワード樫山の服と色と布のお洒落


 
オンワード樫山 オフィシャルサイト
 
オンワード樫山 オフィシャルサイトより
高評価アイテム2023 冬のヒット商品まとめ
 
 
オンワード樫山の服が好きです。
日本のアパレルメーカーで、たくさんのブランドを展開しています。
私がよく店舗で買っていた頃は、百貨店に並んでいた服でした。
お金を貯めて、店員さんに予算を伝えて、一緒に考えて選んでいただきました。
今でも着れるし、大切にしている服です。
いまはWEB展開もしていますね。
ZOZOTOWNでも取扱いがあります。
 
ご存知の通り、私が昨日ご紹介した服よりは値段はします。
けれど、ランキングから見ると、ジャンスカで12980円、フォルムニットセットアップで15990円、というラインナップですので、いつ、どういう時に着たいか、の価値観ではないかと、私は思います。
 
私の好みでは、23区ウールリバーコート64900円が好きです。
ICBのソフトカシミヤミックスハイネックワンピース30910円も好きです。
 
全部に共通するのは、シルエットの良さ、価格帯とカラーバリエーションと1枚こういうのを持っていたいな、という素材の良さ。それにデザイン性とさりげなさ、だと私は思います。
 
シャネル、ディオール、サンローラン、ギャルソン、イッセイミヤケ(スーパープリーツが特に)、ヨージヤマモト、ポールスミス、が好きなのは、みなさんがなんとなくそうだろうな、と思われている通りです。
買えるか買えないかはこの際、置いておいて(笑)
 
リアルクローズでは、
着たいな、と思う服。
それとどう付き合うのか、どう折り合いをつけるのか、なんだと思います。
どこのブランド、ショップの服を着ているのか、ではなく、どんな服を着たいのか、の方が、私には大きいです。
これも、どちらの層に属しておられるのか、どこに着ていいくのか、どんな自分が好きか、によって変わってきますよね。
 
私が美人さんと呼ばれる女性に全く抵抗がないのは、制服を着ていた頃、年上のお洒落な女性に、服のことを尋ねたことがあったんです。
 
すると、その彼女たちは、自分が行ってるショップのこと、値段のことを、すぐに教えてくれたんです。
こういう組み合わせをすると、こんな風に見えるよ。というやり方も教えてくれました。
お化粧品もどこで買ってるのか教えてくれました。
いま考えると、私が本当の意味で、リアルクローズに触れたのはその時だったんだと思います。
 
ファッション雑誌を買うのがまだ怖い時期で、本屋の店員さんに、「お前が、これ買うの?」と嘲笑われると思い込んでいました。
(注:そんなことは全くありません。店員さんは、商品をいかに袋に入れるか、会計をスムーズに済ませるかで頭がいっぱいです。)
 
その頃、アイビーしか分からなかった私に、黒白差し色、たまにアイボリー。靴までがオシャレ。ということを教わって、そればっかり実践していたのですが。
少し大人になった頃、ものすごくお洒落な人に出会ったんです。
 
それまで、私はデザイン性の強い服ばかりをどう着るか、だけで精一杯で、いま考えると、わかるけど、もう少し、しっくりくるものを着たらいいのに。と思われていたのかもしれないな、と思います。
 
彼女は、とてもお金持ちのお家の方で、卑下して自分のことを成金の家の子なんです。と言う、スパイスの効いた人でした。
 頭が良かった。とにかく、頭が良かった。
そして、綺麗だった。
 
私は彼女がそういう人だと気がついた時に、あ、私のような人間は、一生、こういう女性には叶わないのだ。とわかったんです。
 
悔しさは不思議とありませんでした。嫉妬も起こらなかった。
あまりにもかけ離れていたから、悔しい気持ちを持つ気持ちの余白も、嫉妬するほどの距離の近さを吹き飛ばすくらい、遠い存在でした。
 
運よく、彼女は私をいじめなかった。
かといって仲良くするでもなく、うまく付き合ってくれていました。
彼女のほうも、私に何かするほど、近さを感じていなかったのだろうと思います。
 
ある日、彼女がどこにも販売していない、ピンクなんだけど、淡紅色としか言いようのない、カシミアのニットを着ていました。
私にわかったのは、これは歴史の授業で習った、あの図表にあった十二単衣の色展開の色味だというだけでした。
それに、ネコヤナギが春先に芽吹く、淡い、銀色の蕾(?)と同じ色のグレーのスカートを合わせていました。
 
びっくりして、「お洒落だね」と言うと、「この頃、やっと友達の服にうるさい人に、少しわかってきたね、と言われるようになった」と教えてくれました。
 
どこで買ったの?とは聞けるレベルではなかったんです。
 
なのでそれ以降、素材、色味、の組み合わせ、小物、バランス、そういうことを練習しているんですが、いまだにうまくならないというのは、多分、私はオシャレが好きだけど、オシャレにはなれないんでしょうね。
 
彼女から、私は洗練というものを見せてもらいました。
そりゃ、お金をかければ・・・、と思われるかもしれませんが、私は、色の組み合わせ、生地の組み合わせ、でオシャレは無限にできるんだ、という勇気をもらいました。
 
私は、昔、ピーコさんとREKACOさんがわからなかった。
 
ピーコさんのファッションへの厳しさが怖かったし悔しかった。
REKACOさんが提案している健康的な洗練は、とてもじゃないけど手が届かない上質さで、それが羨ましかった。
 
そんな態度は、まったくオシャレじゃないし、ファッションでもなんでもない。
 
そんな愚かで馬鹿でくだらない私のようなものに対し、お二人は、寛容だった。
ただ単に無知なだけの、知りもしない、どうでもいいようなものの言葉に、そんな流れに、寛大な態度をとり続けてくださった。
 
それこそが知性であり、品格であることを、私はずっと後になってやっと理解できました。
 
ピーコさんとREKACOさんに、心からのお詫びを。
 
 
私は、人を恥ずかしくさせないことを、もっと学ばなければなりません。
 
自分を嘲笑った人達ばかり見て、ファッションを忘れてしまっていた自分に、ようやっと気がつけたので、ムッシュかまやつが、どう振る舞っていたのか、どうして私たちがあの時、ムッシュが言うことだからと、ゴロワーズを慌てて買いに行ったのかを、ちゃんと思い出して、また、ファッションを1から学びなおしたいと思います。
 
 
以上、オンワード樫山の服と色と布のお洒落、でした。