ハロウィンに便乗した目立ちがり屋さんな暴徒のおかげで、近年、日本でもハロウィンにかこつけた迷惑行動は、とても問題になっています。
近年、日本でもハロウィンにかこつけた迷惑行動は、とても問題になっています。(2回目)
なので、ハロウィンの夜は、日本の渋谷、または近隣地区に仮装して繰り出して、大騒ぎしてもいいらしい、という情報は間違いです。
どうか、ご自身の情報を更新してください。
どういう問題になっているのか、とか、街のお店の人たちが苦渋の決断をしてまで、ハロウィンの週末と当日は渋谷には来ないでください、とまで言ってる理由、ハロウィンの週末、当日は、警察が多数出動している理由は、GoogleChromeで日本のニュース記事をよーくよーくお読みになっていただいて、そんなことになっていたのか・・・、と唖然としていただけると嬉しいです。
ハロウィンと一般人ということで、今日はその話をします。
ハロウィンが一般人にとってどうだったのか、というと、
80年代ごろは、
本場のハロウィン文化圏に近しい人たちと、
本当の意味で早耳の人たち、
聴いている音楽でハロウィンがお馴染みの文化層の人たち、
それとお洒落な人たちの1部が、
元々は、
子供と付き添いの人達が仮装して、ほのぼのとお菓子をもらってひっそりと楽しむものである、
という輸入のされ方をしたハロウィンを、
大人でも楽しめるやり方として、
自分たちの交友関係の範囲で内輪(うちわ 仲間内のこと)でパーティを開き、馴染みのお店のジョーク好きの店主さんの協力をあおいで、お店がハロウィンをやるなら、その夜はそこで仮装して集まろう。
という、そういう遊び方だったと記憶しています。
私はそれを、こういうジョーク精神をみんなでワイワイやるの楽しそうだなぁ、うらやましいなぁ、大人になったら絶対ハロウィンやるんだあ、と心に決めておりました。
さて、90年代になってからは、はりきってやっていた私も含めて、一般人の中でも、やる人はやる、というものに変わっていきました。
そして、ハロウィンの夜は、にぎやかな街のあちこちで、ハロウィンパーティでのちょっとした仮装を披露しながら、家路につく人、もう一軒行く人などがいて、徐々に徐々に、「ああ、あれハロウィンかぁ」と見かけた人も、見かけられた人も、ほのぼのしていました。
そこへ、コスプレ文化の台頭ということがあって、これはよく知らないんですけれど。
ただの、「ハロウィンだしさ、ちょっとやってみようよ」という仮装や、実は美大系の出身だったんだ、と思わぬカミングアウトにつながりもする、えらく力の入った仮装までがわんさか溢れ始めて、街によっては、ハロウィン仮装コンテストなどが開かれ始め、それを見に行く人もちょっぴり血まみれになったり、ちょっぴり背中に羽を生やしたり、なんか魔女の煮えたぎった鍋まで持って駆けつける、という、フザケた世界になっていきました。
そこへ、いやいやコスプレというのはこうあるものです。どこまでも本気でやります。という文化層が流れ込んで、2000年ごろには、ハロウィンのことを知らない人はあまりいないし、仮装は、なんだったらやりますよ? 本気でやりますけどね? という感じになっていった、というのが、知ったか込みの、私のハロウィン仮装認識です。
いつ頃から、問題となってしまったのか、そもそもなぜに渋谷なのか、ということは、調べていません。
気になる方は検索してみてください。
で、現在のハロウィンというものは、一般人では、お店もハロウィンイベントをやるところはやるので、ハロウィンの週末や夜にちょっと行って楽しむのもあるし、相変わらず内輪だけの、安心して集まれる人限定の、小さなパーティで仮装をして集まるというのも続いているだろう中、
ただ怒鳴りたい、
ただ暴れたい、
ただ露出が激しい女子の体を舐めるように見たい、
ただ酔っ払ってゴミや汚物を店の前に撒き散らして、
お店にとって大事な大事な看板を引き倒し、
街の人達が大事にしている植栽を折り、
花壇にガンガン飛び込んで、その辺りのちっちゃい子たちが一生懸命植えて育ててる花々を踏みつけ、
ウッヒョー!ハロウィンハロウィン!
何やっても無礼講ーっ!
という、とんだ目立ちたがり屋さん達が、すさまじい勘違いをして暴れる、ということになっているそうですね。
これは私個人の価値観と考えなんですけれど。
大人の遊びであった、ジョーク精神でうまく楽しむ、というのはどこかへ置いてけぼりになってしまって、何をやってもいいと暴れたい人達が、ここぞとばかりに、うさを晴らす勘違いが横行しているのは、きっと普段から暴徒になりたいと思ってるからなんでしょうね。
そういう暴徒になりたい人というのは、普段はその街でも、自分の家の近所で飲んだりもしていない、街や町での遊び方も、やり方も、暗黙のルールも、何も知らない人なんでしょうね。
だから、ハロウィンだけでもなく、ミュージシャンのライブ会場で、歌う直前の壇上のミュージシャンにギリギリまで近づき、大声をいきなり出して脅かしても、野次を飛ばしても、目立てるからいいんだ、と思っているし、
露出をしている女性や女子のことも、男に見せたいからそういう格好をしているんだ、だから触ってもいいんだ、という、旧石器時代に滅びた、時代錯誤極まりない価値観で、イベントや記念日やお店の演出が、これはこの場限りですよ、現実の中のフィクションですよ、
というのが、
全くわからない、認識もできない、どこからも閉め出されるし、出禁を食らう、そういうなかなかに困った人達なんですよね。
私は、別に経験豊富でも、夜の街の顔役でも、名うての遊び人でもなんでもなかった、ただのひっそりやっていた者ですけれど。
そして失敗も多い、恥ずかしい人間ですけれど。
ルールがあるんですよ。
どこに行っても。
それは紙に書いて貼ってあるルールじゃなく、次第に体感で覚えていくルールなんです。
街にもルールはあるし、お店にもルールがある。女の子とデートする時にもルールはあるし、男の子と遊ぶにも、お酒を飲む内輪でもルールはある。
このルールは法律のルールとは違う、
マナーという言われ方をするものでもあるし、
決まりというものでもあるし、
連れを泣かせない、困った思いをさせない、危ない思いをさせないための、護身術でもあるんです。
それをわからない内は、最初は様子を見て、あまり目立とうとしないことですね。
そして、どの街も、アマチュアが遊んでいい範囲、ここからはプロが遊ぶ範囲というものがあります。
これは、どこの街でもです。
この場合のアマチュアというのは、素人(しろうと)です。
素人という言い方が気に入らなければ、一般人でもいいでしょう。普通の人でもいい。それは街という場所では、通常、全員素人です。
じゃあ、プロは? というと、
「なにもそんなつもりじゃあ」と言うときの、そんなつもりをやっている人達がプロです。
それでお金を稼ぐことができて、決して素人に本気にはならない世界で、その世界のルールに沿って生きている人達が、つまり、これを読んでいるあなた達が属さない人達が、プロであり、玄人(くろうと)さんと呼ばれる人達です。
誤解のないように書いておきますが、玄人さんも素人も法治国家の住人ですから、もちろん法律や治安というものの枠に入っていて、法やルールを遵守しているのは、当然です。
私が言っているのは、街のルール、場のルールのことです。
あなた達も、あるでしょう。
飲んでて、遊んでて、ヒヤッとしたこと、あ、ちょっとマズイなと思って道を引き返したり、早々にそのお店を出たりしたことが。
そして、それが、正しかったと、誰に教えてもらうわけでもなく、知っていることが。
私も見かけたことがあります。
玄人さんの中でも危ないとしか思わなかった人を。
明るい、普通の街中ででしたけれどね。
その人は、普通の格好をしていました。
普通の格好をしていて、ただのお兄さんに見えた。
でも確実に匂いが違った。
そのお兄さんはルールを破ったのであろう、イキがった若者に用があったようでした。
いまはもう私は街に詳しいような暮らしはしていませんし、できません。
けれど、街にはルールがあります。
その、みんなが楽しく、安全に、遊べるためにあるルールにちゃんと合わせて、自分に合った場所で、自分ができる範囲で遊ぶことです。
そして、なんとなく大人の街だな、と思うところには、ビギナーのうちは信用できる知っている人に連れて行ってもらうのが1番いいし、そうでなければ、ランチタイムにちょっとのぞいてみて、夜にまた行ってそこの雰囲気を怖いと思うかどうかで、自分に合っている街、エリアというのを探すのがいいんじゃないでしょうか。
少なくとも、本当にいっぱしの大人になるまでは。
そして、そういうところに無縁のままで来た人は、ああ、自分は「自分の分(ぶ)」というものをよくわかっていたんだな、と自信を持って、いい時間を過ごしていけばいいんじゃないでしょうか。
今日の投稿のしめくくりに、私のしょぼくれた経験を書きます。
大昔、若い女の子というものをやっていた時、私はよく1人でバーに行っていました。
初めてのお店に入る時は、いま考えると、
立地が危なくないか、
周辺のお店は怖い雰囲気じゃないか、
お店から出てすぐタクシーを呼べるか、
近くに普通の雰囲気の場所があるか。
そういうことをなんとなくではあっても、チェックして、入るお店を決めていました。
そして、中に入ったら、「1人ですが、いいですか? 」と必ず確認をとりました。
それから、必ず、カウンターに座りました。
1人だからお店に迷惑をかけてはいけないというものもあったし、テーブル席に座ると、待ちぼうけを喰らわされているみたいで恥ずかしい、というものもありましたしね。
あるお店で、同じことを言ってカウンターに座った時に、マスターがこう言いました。
「ウチは健康的な店だから大丈夫。常連もみんな誰か知っているから。」
その当時はなんのことを言われたのか、わかりませんでした。
でも、いいお店でした。
結局、そこのお店にはあまり行かなかったのだけれど、以来、私の中で、行きつけにするなら、こういうお店がいい、という基準ができました。
いまでもその基準を守っています。
それは、私が、自分が1人で飲む時のルールとなっています。
そして、不思議なことに、その頃、お酒を奢ってもらうことがあっても、必ず、マスターやバーテンダーから直接、作ってもらったお酒をいただいていました。
だから私は、チャージを取らないバーでは飲みません。
最初に出てきたお店のマスターが、一体、なんのことを言っていたのか、わかるでしょう?
いまはもっと警戒しないといけないお店では、そうみたいですね。
怖い目に遭ったら、遭いそうになったら、その場をすぐ離れること。
後日、しかるべき場所の、相談口に電話で相談してみること。
あなたにとんでもないことをした、またはしようとした相手が、誰の知り合いで、なんと名乗っていたか、どのお店にいたか、どういう感じの人だったか、それを伝えるだけでも、状況は少なくとも悪くはならないのではないでしょうか。
足腰立たなくなるまで酔っ払わないこと。
これは受け売りだけれど、
お店の選び方がわからない時は、ホテルのバーで飲むこと。
旅先では、ホテルのフロントが紹介してくれたお店で、最初は飲むこと。
もしもの時のタクシー代は、靴の中や下着に隠しておくこと。
肌見せファッションは、パートナーに特別感を与えてあげるためだけに、すること。
私のように、いっつも武装して飲んでると、女というものはスカートを履くもんだ、という変な説教される時がありますので、時々は、いつも行くお店にパートナー候補やパートナーを連れて行ってあげると喜んでくれるんじゃないですか。
百戦錬磨のお店の人達の意見も聞けますしね。
あとは、素敵な本や映画、知り合い、友人に聞いてみてください。
私なんかが偉そうに、すみません。
以上、ワイワイやるのと暴徒化するのは、まったく違う、でした。