休刊 キム・ソクジン



休刊 キム・ソクジン 
あと2ヶ月ですね。
ARMYさん達も待ち遠しくされていると思います。
アルバコエルレアオクラータは花が終わりました。
無事のお戻りを待っています:)

2023/10/30

洋服と胸の大きさ


暴力を想起させる内容と言葉を含んでいます。

ご注意ください。

 
 
みなさんは、胸の大きさって気にされていますか?
 
私は、なんとなくの感じで、男性が思うほど、普段、女性は胸の大きさのことを気にしてはいないんじゃないか、と思っています。
 
むしろ、胸の形や服を着た時にバランス良く見えるかどうか、自分が思うオシャレな感じに洋服を着る場合に、胸が邪魔にならないかどうか、を重要視しているのではないでしょうか。
 
胸の大きさって、多分、女性の多くは、水着や下着になったときに、大きさではなくて、その年齢相応の成熟を表せるかどうか、を気にしているんじゃないでしょうか。
形が良いかどうか、バランスが良いかどうか、という、水着や下着を着た時に、やはりオシャレに、魅力的に見えるかどうかが重要であって、セックスの悩みや相手の好みで大きさを気にすることがあっても、そう大きさを重要視しないのではないでしょうか。
 
胸が大きいというのは、一般的にブラジャーのカップがEカップからその先の人をさしますし、小さい人のカップは、どのカップもほとんど該当しないのではないでしょうか。
 
理由は、ブラジャーのカップのサイズは、アンダーバスト(胸のすぐ下の胴回りのサイズ)とバストトップから胴回りを測った時のサイズの差で、ほとんど決まっていくものだからです。
 
だから、肉眼で見た場合、Aカップだとしても、アンダーとトップの差によれば、世の中でEカップサイズだと信じられているくらいの大きさの人もいて、Bカップであってもアンダーとの差がそうでもなければ、世の中ではAカップサイズの大きさの人もいるんですね。
 
私は、若い女の子をやっていた頃、ある日、ワコール社のトリンプのショップで、正確にバストサイズを測ってもらい、巨乳と呼ばれるほど大迫力ではないけれど、そのカップのサイズであれば、胸小さいね、と言われることはない、ということを知りました。
 
嫌な思い出なのでさらっと書きますが。
思春期の頃、胸のことで異性から、からかわれたことがあって、とても嫌な思いもしたし、胸を触る痴漢にもあったことがあるのに、小さな胸だから誰も信じてくれないかもしれない、と、結局誰にも言えなかったという、素敵な過去があります。
(言えそうもない相手、誰も被害に遭うと信じてもらえなさそうな、体格、年齢の相手を狙う痴漢というのは、たくさんいます。いくつになっても、気をつけていきましょう!)
 
だから私は胸が小さいのだ、と思い込んでいたし、からかわれても仕方がないんだと思っていたし、自分を評する失礼な人からは、もうちょっと胸が大きかったらいいのにね、と丁寧に親切に言われたこともあったんです。
 
でも、サイズをきちんと測ってみたら、違いました。
私は、小さいと信じられていたサイズではなかったんです。
 
何が言いたいのかというと。
世の中で信じられている胸の大きさは、ほとんどがイメージでしかない、ということを、
机をドンっ!と叩いて、主張したいわけです。
 
そして、明らかに胸が、ばいーん!と大きい相手以外に、胸のことを云々言う相手は、なにか別の、その人の脳内にしかない独自のバストイメージを持っていて、サイズがわかって言ってるわけではないんですね。
胸が大好きで、胸の大きさが最も重要。女の顔は全部自分には胸に見える。という人は、そんなファンタジーは、お金を払って専門店で遊ばせてもらうか、自分の部屋の中だけでやりましょう。
 
それと、私が知っている一般的な男性達は、胸の大きさという独立したファンタジーを持っている人は持っていても、
好きな相手の胸とは、同じ胸であっても、
そんじょそこらの胸とは胸が違うわボケ!
こちとら女神様の大事な大事なお胸様だってんだ!
たわけたこと抜かしやがると、その役に立たねぇ目ん玉引っこ抜いて銀紙詰め込むぞ、この野郎!表に出やがれ!簀巻きにして川に叩っこんでやる!
と静かに思っていますし、それとこれは断じて別モノである、ということを、よくわかっています。
 
つまり、男性諸氏が時々話すところでは話しているのは「付き合い」であって、「付き合い」以上でも「付き合い」以下でもない、ただの仕方がねぇから付き合ってやるかなバナシです。
 
本当のファンタジーは滅多に口にも態度にも出しませんので、「付き合い」というものがどういうことかわかっておらずに、俺のセックス自慢なんかしちゃって、相手の女の子の大事な秘密を、いっぱしの男だぜアピールに使っちゃうと、いろいろと不幸な目に遭いますし、そこまでしてアピールしなきゃいけない、必死な奴認定されるだけですので、やめておきましょう。
 
はーい、いいですかー?
ここは人生のテストに出まーす!
よーくよーく覚えておくなり、スクショ撮って保存しておくなりしましょー。
 
それとついでに言っておきますけれどもー?
誰ですかー?
電子白衣を都合のいい時だけ着る、テキトー極まりないオバチャン先生のエナメルを、うふーん、あっはーん、いやーんバカーン、ちょっとだけよーん♪なセクシーダイナマイツお色気ムンムン先生と勘違いして、ウワサやデマを信じ込んでいる脳内チェリボーイは?
 
そんな先生は、現実にもネットにも、どこにもいませんよー?
なりたがる人間もいませんよー?
そんな願望抱えてる人もいませんよー?
もっと現実見て、気をつけてくださーい。
 
さて、私の胸の話に戻ります。
なので、大きくもなければ小さくもない、大体のサイズの胸を抱えて、若い女の子をやっていた頃、やはり気をつけなければいけないことがたくさんありました。
 
例えば、私はビキニというのは、健康的に着たい派だったんですけれど、彼氏同伴で海に行った時に、灼いて健康的な感じにする前に、更衣室を出た時点で、「それは水着を見ているのではなくて、あなたは私を脳内でとんでもないことにしていますね?」
という男性にジロジロ見られてしまい、一日中ブルーだった経験があります。
おしゃれで可愛いビキニだったんですけれどね。
 
また、少しでも透ける素材を工夫して重ね着して、肩甲骨の下だけがうっすら肌が見えるシャツを着て、歩いていたら、後をつけてきたおじさんに「おい!」と言われて、胸を叩きながら触られて逃げられたり。
 
体格のいい少年に、エレベーターに滑り込んで乗って来られて、私が降りる階のボタンを押すのをじっと待ってるから、???と思いながら押すと、すぐ下の階を押されて、そいつが降りる直前に、急に抱きついてきて胸を散々もまれて、蹴飛ばして押しのけた後、持っていた缶入り飲料数本をダッシュで追いかけながら、そいつにガッツンガッツンぶつけて、なんだなんだ?と出てきた住人の人達に助けてもらったことなども、ありました。
少年だから許されると思ってるんですよねー?
 
どんなに気をつけていても、そうなわけです。
どんなに厚着していてもそうなわけです。
 
そしてですね。
服が好きならほとんどの人が知っていた、大人しめだけど、上品で、スッキリしていてお洒落で結構高くて、それを着ている人は少なくともちゃんとして見える服を、当時そのショップの店員さんと2人で汗かいて選んだ、綺麗な色のニットを着て、マーメイドフォルムの膝下5センチの厚手のタイトスカートに、膝までのロングブーツを合わせていても、
 
胸が大きく見える。→自慢にするポイントがそこしかない。→だから胸をアピールする服を着ているハズ。→お色気アピールをする女。→ミニスカートを履いて、体の線が出ている胸の開いた服を着ている。→いい歳して昔の自分が忘れられない可哀想な女。→ミニスカート履いてきた。→引きこもり気味の人間がショップを知ってるはずがない。→勝負服はいつまでもミニスカート→ミニスカート→お色気アピール勘違い。→ミニスカート。とにかくミニスカート。いい歳してミニスカート。
 
と、「ミニスカート胸がでっかい女先入観脳の人達」が一部で騒ぐもんだから、ものすっごい時間が経過しても巡り巡って、なんだかセクシーダイナマイツな誤解が蔓延し、色々な優しい気持ちで、あれこれ申し訳なくなるほど、優しくて親切なフォローまでしてもらうハメになっちゃうことも、この世の中にはあります。
 
もう着ないだろう服なので、身バレの恐れがないのでその服の話をします。
 
ちょうどファッションの世界では、日本で、ある程度の歳をとった女性が背中の開いた服を着る、という流れがありました。
その頃、私は実は、色々と大変な時期だったんですけれど。
気晴らしに、積み立てたお金で大好きなお化粧品を買うために、おしゃれをしていくことをやっていました。
 
なぜなら、私はそのショップが大好きだし、そのショップで働いている人達になんとかして敬意を表したかったからです。
たくさんリッチな買い物はできなかったし、私はいまでもそうですが、意思を伝えることはなんとかできるようになっても、会話上手ではありません。
だから、確か通販で、背中の上3/1だけを露出できる、カーキ色の膝下15センチから20センチくらいだったかのワンピースを来て、髪も整えて、お気に入りのピアスをして、そちらのショップに行って、細々とお金を使って帰ってきました。
 
行きも帰りもバスで、運転手さんは私をレディのように扱ってくれました。
シャネルのコスメショップで店員さんにお礼を言って、見送ってもらうときに、最後にこう言われました。
「また、おしゃれして、いつでも遊びにいらしてくださいね。」
私は、ああ、わかっている人達に向かってお洒落するのは、こうまでも人を救うのか、と家に帰って、鏡の前で1人でニヤニヤしていました。
 
ミニスカートをいつまで履いていいのか、という問い自体、私はよくわかりません。
履きたければいつでも履けばいいし、履きたくなければ履かなければいいだけです。
合わせるものに自信がなければ、いくらだってアイデアと工夫はできるし、わからなければファッション誌を見ればいいことです。
 
差別とは言いません。
ただし、それは偏見ですよね。
ネットでしか自己実現できない、現実では男っ気のない可哀想な人。
ネットの住人はファッション全然わからないはず。
ネットの住人は過去の良かった時を忘れられずにいるはず。
 
私にもきっと偏見はあります。
ものを知らない分、気がついていないところで、おかしな先入観を持っていることもたくさんあるでしょう。
ただ、どんな阿呆でも、自分に偏見というものが向けられたら、気がつくものなんですよ。
しかも、それが同性から向けられたものなら、なおさら。
 
それでなくても、嫉妬深い同性から目の敵にされやすい人生ですので、たいして美人でもないのに・・・、という枕詞は、同性からも、女性としか仲良くなれないストレートの男性からも、老若男女問わず、私は向けられてきました。
 
ただ、胸が大きめであるということで、一般的なその年代の女性には見えないということだけで、若く柔軟で新しい価値観と教育を受けているはずの子たちからは、「欲求不満」と言われたこともあります。
経験を積んでいるはずの女性達からは、「いい歳してミニスカート履いている」と、どこかで見たことがある言葉を吐かれて、もう20代と言ってもなぁ・・・、と遠慮したタイトスカート膝丈にロングブーツを合わせていたファッションを野次られたこともあります。
 
私はきっと、若い女の子というものをやっていた頃から、セクシーだったのでしょう。
そして、いくら歳をとっても、おとなしい格好をしても、ちょっと組み合わせのお洒落をしただけでギャアギャア言われるので、きっといつまで経ってもセクシーなのでしょうね。
この歳になっても、しゃがんで前屈みになると上から胸元を覗かれているような気がするほど、コンプレックスになってしまってるほど、私はセクシーなのでしょう。
 
面白いので、このまま、私が今のおばさんからおばあさんになるまで長生きできたとして、いつまでセクシーだと反感を買うのか試してみようと思い、最近、体型が変わりましたので、自分のレベルでわかる範囲の、お洒落だと思う服を着ています。
 
胸の開いた服は、確か、その時々のパートナーの前か、一緒の時しか、しかも相手がOKだというレベルでしか、着たことがないので、世の中の服のことなんかちっともわかっていない人が言う、想像上のセクシーとどれだけかけ離れても、どこまでもかけ離れても、セクシーと言われ、思われ、若さにしがみついている、と言われる原因は、相変わらずよくわかりませんが。
 
ちなみに、昨年まで私に執拗に絡んできて、とても迷惑だった、もう行かなくなった薬局の薬剤師さんは、お洒落をする元気が出てきて良かったと先生にほめてもらって、少しでも病状が改善しましたとアピールできるならと、あれこれ服を病院に行く日だけ選んで通っていた頃に、他の薬剤師がいない時に、私にこう囁きました。
「いつもいろんな格好してきてるけど、今日は暑いんじゃない?」
誤解されそうで言わなかったんですけれど、私の先生はパートナーには負けますが、なかなかハンサムで素敵な方です。
 
若い頃からお洒落をして仕事にいく私に、そちらの事務員さんもよく言ったものです。
「いつもいろんな格好して来てるじゃない」
 
だから、慣れています。
慣れるしかないじゃないですか。
こんな執拗で嫉妬深い、無関係な人間が着ている服ですら着火剤になる人達には。
 
私はノーマ・ジーンが好きです。
ノーマの作品はよく知らなくても、ノーマが苦しんでいたことを同性として、怒りを持って、絶対にノーマを消費はしないのだ、と心に決めて応援しています。
そして、ヘプバーンも好きですし、「ティファニーで朝食を」は以前書いたように、人生というものの哀しみを知るきっかけとなった、私のバイブルです。
 
よく女性を理解していると言う男性も、この2人をよく知っていると言いますよね。
そういう人達は、決して、女性に向かって胸の話はしないのではないでしょうか。
女性に向かって、一般社会の日常会話で、お酒の席で、
「胸大きいね」
ということは、どういうことを意味するのか、どれだけ気持ち悪いことなのか、胸が大きめであるというだけで、どんなに不愉快な日々を送っているのか、少しはおわかりいただけたでしょうか?
 
私は同性にも体をさわられるのを好みません。
私の胸に興味を示して、手を伸ばしてきた女性は皆、子供とたいして変わらない体つきをしている人たちばかりでしたよ?
うらやましくて、うらやましくて、自分にないものを他人が持ってることがどうしても許せないから、手を伸ばして胸を執拗に触ることで「からかい」、相手が自分からその胸を恥ずかしいとお思わせるやり方を、私は思春期の頃にやられました。
 
いまは同性からでも、それはセクハラである、と、この行為がいかに嫌らしくて巧妙でみっともないことか、社会に切り出されたようですね。よかったよかった。
 
胸のことだけでこれだけあるんですから、セクシーと決めつけられて来た人間が、お尻や太もも首筋髪の毛ではまだどれほどあるんでしょうね。
 
制服を着ていた頃、体育の女性の先生が、私のお尻を何回も触ってはニヤニヤ笑っているので、「どうして触るんですか?」と聞いたら、「だってお尻だけ目立ってるんだもん」と下卑た笑いを浮かべてモジモジしていたことがありました。
「やめてください」とは言えず、黙ってその場を離れた後も、その体育の女性の先生は、サバサバしている女性の先生は、子供とたいして変わらない体型のまま体だけ大きくなった、貧相な女の体育の女性の先生は、私のお尻を触り続けました。
 
ですが、ある日、ふと触らなくなりました。
「どうして触らないんですか?」と聞くと、ものすごく真面目な顔で、「触りたくないから」とか何とかモゴモゴ言って、私から離れ、2度と私の体に触らなくなりましたし、私のそばに気配を消して近寄ってこなくなりました。
 
誰かが注意をしたんでしょう。
それがなんであるのか、私には想像するしかありませんでしたが、何を言われたのか、この体育の女性の先生の態度で大体おわかりなりますよね?
それが誰であったのか、どこからのものであったのか。それもわかりませんし、その先生の名前も忘れてしまいました。非常勤だったのかもしれません。
(おそらくもう死んでるくらい、年が離れていたので、書いています。)
 
女の子の世界ですら、これだけあるのですから、大人になった女性の世界、美しい男の子の世界や、一般的に美しいとされていない魅力的な男の子の世界、大人の男性の世界でも、まだまだ水面下で知られていないことは、たくさんあると思います。
 
ちょっと言われただけで。
それくらいのことで。
そう言われるのが嫌で言わないまま来る人も、どう言っていいかわからないまま大人になる人も、たくさんいます。
 
私が、この手の女性に常に思ってることは、
精神的に未熟で時間が止まっていることでお馴染みの私が、常日頃から思っていることは、
「大人になりきれていない」
「大人になるきっかけがないまま図体だけデカくなってしまった」
「性的に成熟していく機会を自ら拒否して、尚且つそれを異常なまでに羨ましいと思い、他人の胸やお尻に無遠慮に手を伸ばすことを、抑えられない」
「少しでも、それは性的なアピールであると、その人が勝手に決めたことを、ことさらに騒ぎ立て、はずかしめなければ気が済まない」
そういう種類の人達だと考えていますし、私はよく知っています。
 
そして、そういう人達はどこにでも潜み、まさかそんなことをしないだろうという立場を利用して、抵抗しなさそうな相手を見つけ出し、抵抗できないことを知ってる相手を、巧妙に辱めるやり方をよく知っています。
 
男性が「ちょっと触っただけじゃない」と言うと、社会的に抹殺するまで烈火の如く怒り狂うのに、こういう種類の女性は相変わらず野放しになっています。

本当に気持ちが悪いですよね。
 
さ! 都合のいい電子の白衣を脱いだところで、
おばさんの私から、全世界の一般社会で「胸大きいね」と言ってやまない男性、女性達に、最後にこう申し上げて、この投稿を終わります。
 
 
「あなたは、ずいぶん小さいですね?」(にっこり)
 
 
 
 
以上、洋服と胸の大きさ、でした。
 
 
次の投稿は週末になります。
みなさん、素敵なハロウィンの夜をお過ごしください。
 
 
PSを消した理由は、事実であると、ひとつずつちゃんと書いていかないと、こういうものと付き合ってる人達と付き合っていない人達も、弱みや立場や持病につけ込まれて、巧妙な被害に遭ってる証言が、疑われてしまう恐れがあるからです。 
明るく〆ようと思ったんですが、重たい話のまま終わってごめんなさい。

 
 
 
 
 20231031 08:06 誤字をなおし文章を追加しました。