日曜日なので、穏やかな内容を書いています。
少し寒さが緩んだと思ったら、今朝はまた格別に冷え込んでいます。
なぜそんなことが分かるかと言えば、完徹したからです。
なんだか今日は、日曜日にこういう事を書こう、という気持ちがまとまらず、モニターの前に座っていました。
この頃、ニュースのタイトルだけ見ると、少し世の中が乱暴な方向へシフトしていますね。
きっと私の心の整理がうまく付かないのも、その雰囲気の影響を受けているからだと思います。
苦手な方は、問題意識や知らなければならない、という厳しい心より、まず今日一日が穏やかに過ごせるかどうか、で触れる触れないを判断してみて下さい。
私は、速報が無い日とある日で、今なら読みに行ってもいいかな? という時に、ニュースのタイトルだけサッと目を通して、事件が多く起こっていたら、それ以上は知ろうとしません。
強い内容の報道は、私のようなタイプ(HSP)は、触れると暗いモノに引き込まれて、全然楽しくもなんともないのに、真っ暗になってしまう情報をずっと追い続ける状態に入るんです。
刺激の一種と脳が錯覚してその時だけの中毒のようになっているのかな? と思いながらも、多分違うな、と分かっています。
おそらく、読み始めたらその時触れた情報がきちんと着地を迎えないと、落ち着かないんだと思います。
何かが起こった。そしてこうなった。までがはっきり頭に入ってひとまずの終わりを迎えないと、この情報はこれで終わりです。と情報を頭に入れる行動に、文章で言うと"○印"が付かないんでしょうね。
ピリオドという言い方もありますが、句読点の「○」です。
これで頭に取り込むのは終わった。 じゃあここから、このニュースを「報道」という部分だけ取捨選択し、内容の要点を整理し、「現状、このような結末です。」
と箱にしまって胸の中にある棚に入れています。
後は、少し時間を置いて、また気が向いたら自分であらためて胸の中にある棚に手を伸ばし、情報を再度取り上げ、少し離れていた間にクールダウンした目(客観)で、新しく棚に入れた情報について、考えたいときは考えたりしています。
そうすると動揺はしても混乱はしなくなるんです。
自分なりに整理がつけられて、情報のさばき方が分かってくるんです。
混乱というのは、散らかった部屋のイメージを持っています。
そして部屋を片付けるのが、秩序を維持する。ということなんです。
混乱の反対は、秩序。
秩序は、自分の中だけの場合は、自分の価値観だけの整理の仕方、ということになります。
すると、あ、今、クラシックよりちょっと勢いのある曲を聴いて、やがてその勢いに慣れていくと、最終的には「静けさや 岩に染みいる 蝉の声」のように、気持ちが鎮まってくるんですね。
音の無い静かな状態であっても、今度は窓の外の暮らしの音が静寂の中で微かにしているので、その音を探しているうちに、いつの間にか集中していて心が鎮まってくる。
本が読めないほど気持ちがざわついている時は、なんとなく自分では、そうやって気持ちを静かにさせています。
他には、少し元気がいるけれど、昼間、数百円の小さなブーケを買ったり、美味しい小さいお菓子を食べたり、温かい格好を暑すぎないかチェックしたり、換気したりして、自分の秩序をその時その時で整えていくんですね。
すると、自分と部屋と家具とその日の空気感が調和しているかどうかが、よく分かるようになります。
不自然さが微塵も無い、リラックスできて油断できる雰囲気が室内に漂っていれば、おそらく成功です。
良かったら試してみて下さいね。
完徹はもうしない方がいいですね。分かってはいるのですが、都合によってはそういうこともあります。
あまり頑張らない工夫で、アクシデント以外では、浮かばないなという時は、すぐに切り上げて眠ってから改めてチャレンジするべきです。
投稿した後、私はぐっすり眠って、夕方前に起き出し、たぶん甘く小さなお菓子を食べると思います。
それから疲れない程度に部屋を片付けて、シャワーを浴びようかな?
それでは、静かな気持ちで、素敵な日曜日をお過ごし下さい。