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うっかりカツカツやって来て、うっかり居ない。( By O.)
 

2025/03/06

スギ花粉の根本的な解決

 

 
スギ花粉を始め、春先から花粉大変ですよね。
 
私はダストアレルギーなので、花粉から2,5とか粉塵なども全部アウトです。
 
なので花粉症の方は、大昔、インターネッターが言っていたんですが、春が来る前に注射を打つんだそうです。
そうすると、そのシーズンは花粉症そのものが発症しないんですって。
気になる方は、アレルギー科、耳鼻科等に電話・メールで訊いてみて下さいね。
 
私は、長年の食事習慣で体調をコントロールしているので、ダストアレルギーの反応(つまり花粉もダストと認識しちゃう体質ってことです。)重症にまではなりません。
マスクは、花粉の粒が大きかったら、鼻が出たり、喉や舌の先端が痛くなったり、くしゃみ連発して、すぐに体外に排出できているようです。
でも翌日朝目覚めると、目が痛かったりします。
 
この頃は、花粉を感知する機械が進化して、微かな花粉でもデータに数値として現れるみたいですね。
私は、ものすごく数値が高い=大きめの花粉粒子、だと私のダストアレルギーが認識する大きさ、または花粉成分(かな?)になると、もうダメですね。
それまではノーマスクでなんとかなっています。
あまり外出しないので。
 
思ったんですが。
花粉症って日本だけですか?
だとすれば、スギ花粉を出している杉の木そのものを、上1/3だけ切ってしまえばいいんですよね。
 
そうしたら木自体は生きているので、切った所からまた新枝が出てくるし、それは短くて細いので花粉を大量に出す状態になるまで数年から10年はかかります。
で、もっと言えば、切った所に癒合剤を塗って、新枝(新芽)が出ないようにできるんです。
 
上1/3を切っちゃって、スギの木自体を生かすために、いくつか枝を伸ばしておけばそれでオッケー。
 
その間に、別の花粉を出さない木を植樹すればいいんですよ。
そうしたら、上1/3を切ったスギの木の根は生きていますから、土砂崩れや雨の後の都市部に流れ込む災害も防げるし、全員ハッピーですよね。
 
仮に立ち枯れてしまっても(園芸の経験上、余りないですけどね。私は素敵な名前を持つ庭で、木も多く育てています。剪定もしますしね。バラは樹木です。)、根が地中の奥深くと広範囲に残っているから、自然の網は残り続けるから、土砂崩れにならないんですよ。 
 
スギの木の生態系は、スギはものすごく頑丈でガンガン成長するものなので、よそに移植すればそこで守れますしね。
 
スギ花粉で、日本の全人口の半数以上が毎春、病気を発症しているのに、この場合、スギの木には申し訳ないけれど、街の風上にあるスギの木は上1/3をカットして、別の木に植え替える対処をするのが先決ですよね。
人害が出てるんですから。
 
杉の木の上1/3をカットして、別の木を植樹して、土砂災害を防ぎつつ、花粉症そのものを根絶するこのやり方については、植木屋さん、木を切る業務の方々に訊いてみて下さい。
半年もかからずに、出来ますよ。
林業も潤いますしね。

私もダストの症状以外に、洗濯物が外に干せないので不便なんですよね。
 

20250307 0:00 誤字と文章を直しました。


 


 
 

ココナッツミルクとクリスマスローズ

 


最近、またココナッツミルクを購入致しました。
 
普段はスーパーにあるココナッツミルクを買うんですが、先日あれこれ珍しい食材をAmazonで探している時に、グリーン・カレーも1から挑戦してみよう、と思い、ココナッツミルクの缶を購入しました。
 
あまりに素敵なデザインで、写真は缶のプルトップ部分です。
AYAM BRANDという会社のもので、美しいニワトリですね。
 

こちらは同じメーカーのトムヤムクンペーストです。
 
珍しい料理をひっそりと作るのが好きなんですが、Amazonで色々見ているときに、たくさんの方々がアジアの乾麺を購入したり、本場の調味料を直接購入しているようでした。
 
きっと私と同じように、本場のレシピを調べて自分の台所で調節しながら、本場と長電話しながらそちらの国の景色も一緒に食べているのでしょうね。
 
節約としては、私は乾物を色々あれこれ購入します。
今はAmazonがあるので、世界各国の乾物や乾麺を直接購入できますので、
ふと思い立って作る真夜中の台所で、デジャブの底にある花の香りがする国々を想いながら、鍋にお湯を沸かし乾麺を入れてぐつぐつ煮たり、 
いつか行っていた見知らぬ街角で湯気を上げていた粽の餅米とそちらのソウルソースの香りを、昼間や今日は何もしたくない夕方の台所で、湯気さえ立ってしまえば、新しさと懐かしさと初対面の味に夢中になってしまって、あちこちの国々の料理本を探したりすると、楽しいですよね。
最近の私の話です。
 
 
素敵な名前を持つ庭でもクリスマス・ローズが開花しました。
どうしてクリスマス・ローズってクリスマスに咲かないのにクリスマス・ローズって言うんでしょうね。
勝手な想像ですが。
ラテン語が日常語の地域がきっと発祥で、そちらのクリスマスは、日本の3月くらいの気候なのではないでしょうか?
まったくの想像ですが、そんなことを考えると、そもそもラテン料理って一体・・・?
と、少しだけ世界が近くなる気持ちになります。
 
 
こちらはこれから開く蕾と、すでに開いたクリスマス・ローズを本来の高さから撮ったものです。
 
クリスマス・ローズって俯きがちに咲く、とても奥ゆかしい、そしてハッとする後ろ姿と、前から見ると非常にモダンで艶やかな姿をしています。
 
菱川 師宣(ひしかわ もろのぶ)の浮世絵に「見返り美人」の画がありますが。
よくよく考えなくとも、見返って美人なら前から見ても美人なんですよね。
ひょっとしてファッション用語の「バック・シャン(美人)」って、
正面切って「彼女は美人だよ。」と1つの意味だけを言うのではなく、
「すれ違った人達がハッとして振り返るほど、美人だよ。」という、
聞いた人の頭の中に、瞬時にストリートと行き交う人々と、その人が気まずくならないよう、彼女が往き過ぎてからそっと振り返る、心より早い自分の反応と、
それほどの人なので、彼女も「この人は」と思った相手には、きっとこうして気後れすること無く、振り返るのではないだろうか。
 
という、何処までも洒落た洗練な街の価値観とスタイルが、既に江戸では当たり前だったと、言外に多くを語る言葉なのかもしれません。
 
すべて私の想像だけの話です。
正解を知りたい方は、街の本当の人々にそっと尋ねたり、美術館に行って学芸員さんに聞かれてみて下さいね。 



日曜版ではありません。念の為。

いつもより水をたくさん飲むようにしてみて下さいね。
体が冷える方は、お白湯にして(レンチンオッケー)ポッカ・レモンを1滴・2滴入れて飲むと、寒い時期や季節の変わり目に付きものの脱水症状になりにくいですよ。
 
 
 
 
 
 
 

 

2025/03/04

街を歩いていて気付いたこと・本日の雑感(不定期) / Things I noticed while walking around town / Today's random thoughts (irregular)

2月は私は、気持ち的にあまり外に出たくない気分で、ほとんど部屋の中で過ごしていました。
3月に入り、日常のあれこれのことを済まそうと、ワンマイルを歩いていたんですが、なんだか通りを行く人達の雰囲気が暗くて驚きました。
どのくらい暗いかというと、私は幼少期、戦後の街が残っている時間が止った景色の中で暮していたのですけれど、その時の暗さに似てきています。
変だな、と思って、これは一体何に似ているのだろう、と思ったら、石炭のストーブを焚いていた煤が薄く漂っている町並み、の雰囲気に似ていると今朝思い当たりました。
もちろん実際には、石炭ストーブはほとんどの人が焚いていないし、煤は飛んでいません。
ラッシュの時間帯にうろうろしていたんですが、昨年の秋初め頃からずっと街を往く人達の服装が暗いんです。
 
おしゃれな方に伺ってみると、コロナ以前から黒が流行していたんだそうですね。
 
モノトーンって、すぐに決まるし雰囲気が良くて格好もいいから分かるんですが、コロナが7年ほど前から始まっているのに、7年間街の人達はそういう黒っぽい服を着続けているんでしょうか。
 
色って着るのが難しいし、組み合わせもお金がかかるから、黒白ベージュで基本を揃えてというは、すごく分かるんです。
でも、そんなに長い間、暗い服装の人ばかりが街を歩いているんですから、街の雰囲気は重くなりますよね。
 
好きな服を着ていていいし、もう15年以上前から洋服の流行というものが無くなっています。

でも気持ちが重くなりませんか?
 
私はわりと明るめの色のトーンが優しい服を好むので、そんなに人の格好に注意を払うタチではないから、ずっと気がつかなかったんですけれど、コロナから社会の不安と24年の能登の地震、25年の火災や世界情勢がほとんど毎日のように、生まれて初めて見る状況がニュースになって、気持ちが疲れています。
 
娯楽の方も国内では、誰が何かを失敗したとか、辛いことがあったとかのオンパレードで、ネットニュースの見出しだけ見ていると、心配になったり不安になったりするニュースだらけだし、先月頃から米が異様に高くなって、5キロが私の住む街では4500円近くしています。
 
あまり楽しいニュースや出来事が世の中に流れておらす、人を責めたり、鼓舞し過ぎたり、異様にセンシティブな楽曲が発表されていて、なんかもっとこう、強すぎないものはないのかな? と食傷気味です。
音楽はこの所、教えて頂いた異様にマニアックな音楽ばかりをiTunesで購入しています。
 
わざわざ街の雰囲気の為に、気に入りもしない色を着る必要はないですが、さすがに今年に入り、これは世相が暗いからそれが服装に現れているのだ、と判断しています。
 
もし気持ちがふさぐようでしたら、ベージュのトーンが穏やかなもの、淡いピンク、グリーン、ブルー、シックな茶色。そういったコーディネートをしてみてはどうでしょう?
 
あんまり良くないですよね。
雰囲気も、街を歩く人達の顔も疲れているように見えて、メイクもなんだか薄い感じで、服の色も暗い。
 
それとスマートフォンは私はすっかり音楽を聴く機械になり、天気予報を確認する為のガジェットとなっているんですが。
スマートフォンを電車やバスや歩きながら見ている方があまりにも増えていて、世の中が変わったのかな? と思っていたら、見ておられるのは四角く区切られた3、4行の文章のページだけで、正直あまり、X(Twitter)やInstagramやLINEを開いている方は見かけません。
 
すごく忙しく指を動かしている方と、ショート動画を何となく流し見している人と、特に内容ではなく、画面を見るためにスマートフォンを持って視線を落としている方々をよく見かけます。
 
驚愕だったのが、昨年春頃から少し外食をしたくなって安いお店に行き始めたんですけど、夜道を歩くのにスマートフォンを見ながら歩く人達を多く見かけて、ぶつかりませんか? 車にひかれそうになりませんか? 後ろから強盗や痴漢に襲われる可能性が高くなっても夜道でスマートフォンを見ながら歩いているのは何故なんでしょうか? と、そっと心配しています。
 
そのうち昨年が終わり、年が変わる頃に気がついたんですけど。
自分は不審者ではなく、あなたを見たりしてませんよ?アピール、のためにスマートフォンを片手に持って、誰かに行き当たったり、すれ違う相手が前から来たときに、さっと画面に顔を向けていませんか?
 
強いニュースにほとんど触れられないので、何か目が合ったら殴られたとか、そういう事件が続出していたんでしょうか?
 
日曜日にいくつか投稿した中で、現在多くの方々は2011年の震災から続くショックの影響が出続けていると私は結論付けました、と書きました。
 
PTSDとは、甚大なショックの影響が出続けていて、自分の意志とは関係無く、行動や感情に普段しないことが、大小の差はありますが、出てしまうことです。
 
ネットで調べるとすごく本格的に情報が出てくるので、あまり深刻にならず、生活を普通に寄せるように過ごしながら、時間があったら専門医にかかった方がいいと思います。
 
また物価の高騰は、あれやこれや原因がウェブニュースで言われていますが、コロナで日常生活が停止した時に経済も停止してしまったので、その影響がまだ続いていて、当時、誰のせいでもなかった経済の損失を、現在の値上げで徐々にカバーしているんだと、私は思います。
 
お米は昨日のニュースで言っていましたけど、3月末には流通量が大分増やせるようです。
ただ価格は、以前の通りにはならないかもしれないと、現状では予測されている、とのことです。
お店側は、コロナ期の損失を補填する為に値段を上げているので、やはり折り合いを付けるしかないですよね。
 
他罰的な傾向はいまだ続いていますから、
今でも追い詰められるようなニュースが流れると、「誰々のせいだ」「何々が悪いんだ」という、
通常、小学低学年の子供が思わず口に出してしまって、
「そういうことを言うのは止めなさい。」
とたしなめられる、
イメージだけで物を言う、感情の言葉が蔓延する傾向があります。
 
人をやたらめったら責めている人達のことは、PTSDがこういう形で出ちゃってるんだな、と思うにとどめて、穏やかで気楽なものに触れていていいと思いますよ。
 
90年代や2000年代にも色々と不況と言われる状況になっていたのですが。
 
実はバブルと呼ばれるウハウハ好景気なんて、ほんの1部のお金持ちの人達だけで、バブル期も私は毎日働いてそんなに裕福ではない生活をしていました。
他の多くの人達も同じです。
そう、バブルなんて、当時の多くの生活者達には存在していなかったんです。
 
その頃も米不足があって、当時はタイ米をタイから分けて頂いてパエリアとか作って食べてしのぎました。
80年代の米が不作の時は、古米・古古米、と言われていた、今で言う備蓄米が流通していました。
 
しのぐしか無い状況が来たときは、どんよりせずに、冷静に知恵や知性や静かな気持ちを維持しながら、穏やかに対処に当たりましょう。
 
なんだか、ちょっと長く生きているというだけの伝家の宝刀を抜いてしまって申し訳ありませんが、無駄にハイテンションになったり元気いっぱいに振る舞ったりしなくていいですから、静かで穏やかな前向きさを上手に運転して乗り切っていきましょう。
 
 
20250306 23:05 分かりづらい箇所、誤字等を直しました。内容は変えていません。
20260109 19:24 英語版を追加しました。
 
 
 
 
 
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In February, I felt like I didn't really want to go out much, so I spent almost all my time indoors.
Once March came around, I started walking my one-mile route to get everyday errands done, but I was surprised by how gloomy the atmosphere felt among the people walking down the street.
How dark? Well, I grew up in a post-war town where time seemed frozen, and it's starting to resemble that kind of gloom.
It felt strange. What could it be like? Then this morning, it hit me: it resembles the atmosphere of a town where coal stove soot hung thinly in the air.
Of course, in reality, hardly anyone uses coal stoves now, and there's no soot floating about.
I was wandering around during rush hour, and since early last fall, the clothes people wear on the streets have been consistently dark.
 
I asked someone fashionable about it, and apparently black was trendy even before COVID.
 
I get it – monochrome is easy to put together, has a nice vibe, and looks sharp. But COVID started about seven years ago. Have people on the streets really been wearing these dark clothes for seven whole years?
 
I totally get the logic: color is tricky to wear, and coordinating outfits costs money, so sticking to basics like black, white, and beige makes sense.
But when so many people walk the streets in dark clothes for such a long time, the whole city feels heavy, doesn't it?
 
People should wear what they like, and fashion trends have been nonexistent for over 15 years now.

But doesn't it weigh on your mood?
 
I tend to prefer softer clothes in brighter tones, and I'm not the type to pay much attention to how others dress, so I hadn't really noticed until now. But since COVID, the social anxiety, the 2024 Noto earthquake, the 2025 fires, and the global situation – it feels like I'm seeing unprecedented situations in the news almost every day, and it's mentally exhausting.
 
Entertainment domestically is also a parade of who messed up or had a rough time. Just skimming online headlines fills you with worrying, anxious news. Plus, rice prices have skyrocketed since last month—a 5kg bag costs nearly ¥4,500 where I live.
 
There just aren't many joyful news stories or events circulating in the world right now. People are being blamed, overly encouraged, and abnormally sensitive songs are being released. I'm getting a bit sick of it all, wondering if there isn't something a little less intense out there?
Lately, I've been buying only the incredibly niche music I was introduced to on iTunes.
 
You don't have to wear colors you don't like just to fit in with the atmosphere of the city, but since the beginning of this year, I've come to realize that the gloomy state of society is reflected in people's clothing.
 
If you're feeling down, why not try coordinating your outfit with calm beige tones, pale pink, green, blue, or chic brown?
 
It's not very good, is it?
The atmosphere, the faces of people walking around town, they all look tired, their makeup seems thin, and their clothes are dark colors.
 
Also, my smartphone has completely become a device for listening to music and checking the weather forecast.
There are so many people looking at their smartphones on trains, buses, and while walking that I wondered if the world had changed. But when I looked closer, I saw that they were only looking at pages with three or four lines of text divided into squares. To be honest, I don't see many people opening X (Twitter), Instagram, or LINE.
 
And my smartphone has completely become a device for listening to music and checking the weather forecast.
I started wondering if the world had changed, seeing so many people staring at their phones on trains, buses, or while walking. But honestly, most people I see are just looking at pages with three or four lines of text in a boxed section. I rarely see anyone actually opening X (Twitter), Instagram, or LINE.
 
I often see people moving their fingers frantically, others passively scrolling through short videos, and many who just hold their phones down to look at the screen, seemingly more focused on the act of looking than on any specific content.
 
What really shocked me was last spring. I started wanting to eat out a bit more and began going to cheaper places. Walking home at night, I saw so many people walking while staring at their phones. Don't they worry about bumping into others? Getting hit by a car? Why do people walk while staring at their phones at night, even though it greatly increases the risk of being mugged or molested from behind? I quietly worry about this.
 
Then, as last year ended and the new year began, I realized something.
To signal “I'm not a suspicious person, I'm not looking at you,” do you hold your phone in one hand and, when you bump into someone or someone approaches head-on, quickly turn your face toward the screen?
 
Since we hardly hear about serious news anymore, have incidents like getting punched for making eye contact been on the rise?
 
In some posts I made on Sunday, I wrote that I concluded many people today are still experiencing the lingering effects of the shock from the 2011 earthquake and tsunami.
 
PTSD means the effects of immense shock persist, causing behaviors and emotions you wouldn't normally have to surface, regardless of your will—though the severity varies.
 
Looking it up online brings up very detailed information, so I think it's best not to dwell on it too much, to try to live normally, and if you have time, see a specialist.
 
Also, about the rising prices, various causes are being discussed in web news, but I think the impact is still lingering because the economy stalled when daily life stopped during COVID. The economic losses back then, which weren't anyone's fault, are now gradually being covered by the current price hikes.
 
As for rice, yesterday's news mentioned that distribution volumes should increase significantly by the end of March.
However, current projections suggest prices might not return to previous levels.
Since stores are raising prices to compensate for pandemic losses, we'll just have to find a compromise, right?
 
The tendency to blame others persists.
Even now, when news about people being pushed to the edge surfaces, there's a tendency for emotional, image-based language to spread—
like blaming “so-and-so” or saying “this is bad,”
the kind of thing a young elementary school kid might blurt out
and get told, “Stop saying things like that.”
I think it's best to just accept that people who blame others indiscriminately
are probably experiencing PTSD manifesting this way,
and focus on calm, lighthearted things instead.
 
The 90s and 2000s also saw various situations called recessions.
 
Actually, that so-called bubble era of booming prosperity only benefited a small group of wealthy people. Even during the bubble, I worked every day and lived a life that wasn't particularly affluent.
Many others were the same.
Yes, the bubble simply didn't exist for most ordinary people back then.
 
Back then, we also faced rice shortages. We survived by getting Thai rice from Thailand and making things like paella to eat.
During the poor rice harvests of the 80s, what we called “old rice” or “very old rice”—what we'd now call reserve rice—was circulating.
 
When times get tough and you have to make do, don't get gloomy. Stay calm, keep your wits, intelligence, and quiet composure, and handle things gently.
 
I apologize for drawing my family heirloom sword just because I've lived a bit longer, but there's no need to get unnecessarily hyped up or act overly energetic. Let's skillfully navigate through this with quiet, calm positivity.
 
 
20250306 23:05: Corrected unclear passages and typos. Content unchanged. 
20260109 19:24 English version added. 
 
 
 

 
 
 
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2025/03/02

星がついているマンション

 

 
日曜日なので、穏やかな内容を書いています。
本日は特別に7時違いの更新としています。)
 
ここ数日、建築について色々考えたりお話を伺ったりしています。
建築を専門的に学んだ事も、国内の建築物ベスト5を空んじている訳でもないのですが、私はひょんなことから、人々の生活で機能する優れた建築の中で過ごしていた事が多いようです。
 
私の住む街の近隣には、隈研吾氏の仕事の1つである、大変繊細で端正な曲線構造のスターバックスがあり、昨年の地震へのお見舞い観光で来日して下さっている海外の方々が、たくさん利用されたり記念撮影をしたりしていて、既に世界的な観光名所となってるのも記憶に新しい限りです。
 
現在私が居住するエリアは、比較的若い方々の生活圏内で、とあるマンションが中でも密かなお気に入りです。
どう気に入りかというと、夜の景観がとても美しいんですね。
生活者の建物ですから、当たり前に機能しつつ日常に堪えうる範囲の美しさがあります。
 
ある日、とても素敵な気分の時に夜道を歩いていて、ふと顔を上げたら、部屋の数だけの四角く縁取られた浅い夜時分が、空に向かって並んでいて、揃いではない灯り達が、私達もよく知っている豊かさを発光していて、息を飲みました。
足を止めて眺めていると、ただ静かに街の喧騒から区切られた部屋数が、今日が続いているのを見せているのを、ただ知る19時が過ぎていくんですね。
 
そういう密かにお気に入りなのですが、それだけでも特別なのに、ふと或る19時にいつものように見上げた先に、星があったんです。
ちょうど建築について考えたり話し出している時だったので、いつもの位置より少し離れてその建物に向かって立つと、ベストバランスでその星があることに余計に気がついて、このマンションの図面をここに持ってきた建築家は、知っていて建てたのだろうか、と体が震える程、感激しました。
 
特に確かめる必要も無く、それは図のように、ビルの端から内に向かった上空に、現実を光年の煌で街を照らしていました。
その内、不動産屋さんは知っているのだろうか、もしもご存じないのなら、図面をここに建てた方だけの美しい内証なら、お伝えすれば明るい気持ちになるだろうか、と感じ入った後、満ち足りた沈黙が口元に三日月を横にして現れたので、ここにこっそり書いているという訳です。
 
この頃は私も明るい内に行動をと書いていますが、もし明るい夕方に生活の光群を見かけたら、念の為、上空に届く光年のタイムカプセルが瞬いていないか、確認してみてください。
結果は、貴方の人生中に併走すると思いますので、ぜひとも内証にしていただけると、嬉しいです。
 
それでは、明るく豊かな夜毎の19時を思いながら、素敵な日曜日をお過ごし下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 

冬山について・本日の雑感(不定期)

今回は、とてもセンシティブな内容を書いておりますので、苦手な方は読まないようにしてください。

 
私は、1時期、もの凄く寒い陸の孤島のような所に住んでいました。
現実での自分の来歴は今後も公表しないんですが。
そこは、登山を趣味とする方々にとっては聖地のような土地で、登山家、通称:山屋達がトライする非常に有名な山がありました。
 
特に冬は、毎年、ローカルニュースで必ず、どこかの大学のパーティが遭難し、このくらいの季節には、小パーティが雪崩に遭い、命を落とす報道が流れるのが日常でした。
当たり前に、冬のレジャーでも死者・怪我人が出る、そのニュースも流れるそういう土地でした。
 
なので、私は山はやらないんですが、登山の第一条件を知っているんですね。
 
登山の第一条件はご存じですか?
「生きて帰ってくる。」です。
 
いいえ、これです。
理由は、これしかないからです。
 
美しいですよね。冬の山って。
特に雪山は、それはそれは美しい光景なのが私の1時期の日常でしたから、登山を否定するつもりはないんです。
紺碧を背に荘厳な景色が広がり、そこを踏むということが、何か大きな人生への賛歌となる。
それくらいは私にもわかるつもりです。
山はやりませんが、そこが絵はがきになって世界中に存在しているからです。
 
それでどうも2025年の日本で暮らされている方々は、このことをご存じないようでしたので、情報を繋げるために書こうと思いました。
 
毎年、死者が出る冬山へのアタックですが。
地元で暮らす者達はどんなリアクションをしているかご存じですか?
全員、反射的に、「だから何故入ったんだ!」なんですよ。
 
人に迷惑をかけて、とか、物好きな、とか、救助に費用いくら掛かると、なんて思っていません。
何故、冬の山に入ったんだ!  なんですね。
 
皆さんは、山は冬に入山してはいけないことを、あまりご存じないかもしれません。
理由は、人死にが出るからです。
雪がなくても、冬山への入山は禁止されています。
入ると、低体温で死亡するからです。
 
だから山開きという言葉が、昔は普通に世の中にありました。
私が居た地域では、だいたい5月末とか7月直前とか、そういう時期からだったんです。
山に入れるのは。
つまりその時期から、山は秋が早いですから10月にはもう入山は禁止されるんです。
10月末から11月頭には冠雪しますし。
 
それで人死にを出さないために、登山どころか山に入ってはならないルールがあるんです。
厳格なルールです。
 
それは入山許可証を提出する山の入り口にある施設に書かれていたはずですし、 秋半ばにはその小屋すら人が居なくなりますから、門が閉まっているんです。
入れないように。
当たり前に車も入れません。
それくらいあっという間に雪が深くなるんです。
 
大げさではなく、秋頃から山に入るのは慣れた方でないと非常に難関ですし、プロの登山家でも事前訓練と体を慣らして徐々に高度と寒さへの備えをする前日程を組んで、それでも雪が早かったら、今回は入ってはならない、と止めて帰るんです。
 
山へのロマンを否定しません。
だから大学に山岳部があり、高校にも登山部があり、大学であってもベテランの引率と地元の本気のガイドの判断に従って、入山するかどうかを判断するんですから、そりゃロマンですよ。
そういう困難をくぐり抜けて登頂し、仲間と結束を深め、下山する達成感は素晴らしいでしょうし。
けれど、多くのプロの登山家達は、海外の山峰に挑み、生きて帰ってませんよね?
 
なのにプロでもない方々が、どうして夏でも危険で地元のガイドを有料でお願いして行かなきゃならない所に、冬に、禁止期間に入って、帰って来れると思うんですか?
しかもこれを書いているのは3月ですけれど、山やってるのに、なぜ雪崩は1月からだってことを教えないんです?
雪が溶けるまで雪崩ですから、5月まで雪崩ですよ。
 
それで毎年毎年、怖ろしいニュースが流れる度に、「だから何故入ったんだ!」と全員が顔を強ばらせるんです。
 
余談ながら、2011年の震災の時には、被災していない人々は、非常に他罰的になっていたし、他罰的にならなかった人は、異様なまでに他者に優しくなっていました。
その傾向は、2025年の今でも続いていますので、私がこういう具体的なことを書くと、またどなたかが他罰の餌食になりかねないので、誰かを責めて解決する話ではないことを、下に住んでいる人間は全員知っている、ことを強調しておきます。
 
きのこ狩りからもう低体温と、山の雨と霧(っていうか完全に雲海)にまかれて遭難してるんです。
そりゃそうでしょう。
両手を伸ばした指の先が見えないのが普通なんですから。
なのに、その軽装で軍手して入るんですから、電波が通じる現在であっても見つけてもらえるかどうかは、賭けです。
 
そういう物凄い山にアタックする前に、その山が一体どこにあるのか、どこから計ってその高さだとされているのかを、きちんと知った上で、「やっぱり止めましょう。」と口に出しましょう。
 
夏山にザイルが必要不可欠な登山のケースも含めて、私は書いています。
低山の高度はほとんどが高山病を発症する高さなのが、その土地の低山です。
 
登山の第一条件は、「生きて帰ってくる。」だけです。
 
したり顔で書いて申し訳ありませんが、冬山に入ったら死ぬ、生きて帰って来れるのはラッキーな人達だけ、と書いておきます。
秋冬、5月に春が来るまで、ガイドは休みです。
 
以上、 冬山について・本日の雑感(不定期)でした。
 
 
 
20250302 23:25 誤字と文章を直しました。