音楽というものをずっと傍で見てて、音楽を人生のなりわいにするって、物凄い覚悟がいることだし、何より好きで好きで好きでなければ、続けられないのではないか?と思うようになりました。
前は、才能に恵まれている人は、呼吸をするように音楽をやるんだろうな、すごいな、と考えていたんですが。
言葉は悪いけど、ちょっとヤバイくらい音楽が好きで、音楽の世界にある、あまりにも大変なことの連続すら、気持ちよく思えるくらいのクレイジーさを持ってないと、やってて辛くなってしまうんじゃないでしょうか。
先日、セレーナ・ゴメスさんが、音楽をこのまま続けていこうか迷っている、と発言したと、音楽ニュースで取り上げられてたんですね。
セレーナ・ゴメスさんの曲って、私はマシュメロとやった「Wolves」と今度の新曲の1つであるDJ Snakeとの「Selfish Love」が好きなだけだという、「ウェイバリー通りのウィザードたち」とか、「13の理由」とか、有名すぎる作品ですらチェックしてないので、ファンとは言えないんですが。
BLACKPINKとやった「IceCream」で、その美貌と表現力に度肝を抜かれて以来、情報はチェックしたりしてたんです。
BLACKPINK - 'Ice Cream (with Selena Gomez)' M/V
それで「音楽を続けていこうか迷ってる」という発言がニュースとして入ってきたんですが。
遠くから見ているリスナーとしてすぐ思ったことは、やっぱり
「セレーナさんが1番いいようにして欲しい」
「焦らず、思い切り迷うだけ迷って、ゆっくり結論を出して欲しい」
でした。
セレーナさんが、音楽に対する情熱がないとかそういうことを言ってるんじゃなくて。
繰り返しになりますけど、歌の道、音楽の道って、ちょっと音楽オタクっていうか、音楽フェチくらいじゃないと、1度や2度は、やっててすごく辛くなる時が、誰にでも訪れるんじゃないでしょうか。
セレーナさんは、今、ちょうどそういう時なんじゃないかなと思っています。
伝わるといいんですが、音楽を偏愛している人たちが、正解っていうんじゃなくて。
あの有名な言葉
No Life, No Music
というのがありますよね。
1本きりの道のように思えるこの言葉、もっと広い意味で、太く人生に関わる音楽の形っていう意味もあるんじゃないでしょうか。
よく聞く解釈は「音楽がなければ生きられない」ですけど。
その姿勢は、ちょっとシリアスすぎるんじゃないかと、私には映ってるんです。
もっと引いて、人生を謳っているような、
「音楽のない人生なんて!(考えられないわ)」
そう、カラリ、と言う感じ。
チョコレートのない人生なんて!(考えられない)
というような、もっと生を謳歌している言葉のように思えるんです。
人生というものをやりながら、音楽と完全に決別してしまうんじゃなくて、迷いながらも、ちょっと休みを取り入れたり、また歌いたくなったら歌う、という形であっても、No Life, No Musicなんじゃないでしょうか。
むしろ、そっちの方が、私個人の解釈には近いです。
そういう、ゆったりと音楽と共にある方が、セレーナさんに合う気がしています。
すごく多才な方なので、私にはわからないことが色々見えて大変だと思いますが、セレーナさんなりの答えが見つかるように願っています。
表題曲は稲垣潤一の「バチェラー・ガール」。
アルバム「REALISTIC」に収録されています。
なぜ邦楽ばかりが続いているかは、そのうち、ああ、と思われると思います。えへへ。
バチェラーって、独身って意味ですよね。
よく男性のバチェラーパーティとか映画に出てきますけど。
独身最後のパーティっていうので。
歌詞世界では、失恋ソングなんですけど、バチェラー・ガールを独身女性とそのまま訳すのではなく。
マイバチェラー・ガールという呼びかけは、
「僕」にとって永遠を捧げるほど好きな人、という意味ではないかな?と、私は解釈しています。
「僕」がその女性に対して、ずっと独り身を貫くほど好きな人、という意味かなと思うんですが。
ちょっと解釈しすぎでしょうか。
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