O先生によるエナメル紹介



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うっかりカツカツやって来て、うっかり居ない。( By O.)
 

2025/06/15

1cmのクッキー型

 

米粉で作る 韓国餅のおやつ / 野原由美 / グラフィック社より

日曜日なので、穏やかな内容を書いています。
 
以前、韓国のお菓子についてお話しましたが。
こちらの飾りに、なんて可愛いの! と目を奪われています。 
 
それで、これは手で成形するのかな? と勉強して訓練しなければ、と少し熱くなっていたら、クッキー型でやるんですって!
1センチのがあるんですって!
 
クッキーは割りと焼けるとは思います。
で、いつも、型が大きい・・・、と少しガッカリしながら、合羽橋さえ近くにあれば、と思っています。
私の住む街にも道具屋はあるんですが、1センチの型の取り扱いが有るのかないのか分からないんですよね。
 
クッキーは海外から輸入された物なので、型が大きいのは仕方ないな、と諦めていたんです。
体格が違いますから、口に入れる幸せの分量が違いますよね。
小さなお子さんや大人の方であっても、嬉しくて口に運ぶ時の最初のひと口目は、その人達が幸せに感じる大きさが必要ですから。 

それで、日本で若者だった頃からクッキーを焼くんですが、型が大きいし食べる時、不自由だったんです。
 
米粉で作る 韓国餅のおやつ / 野原由美 / グラフィック社より
 
 
で、和菓子の型を使うのかな? と思っていたら、Rakutenに1センチのクッキー型がありました。
RakutenやAmazonの検索結果候補にすぐ出てこないので、
1.5センチ以上のクッキー型がお弁当用と製菓用で使うのが日常的なのでしょうね。 

1センチが良いんですよね。
「そっと置きたい可愛い」で。
 
1センチのクッキー型 / マルサンパントリー / Rakuten 
 
 
私は他に同じ1センチの別タイプを購入しました。
代引きです。

マルサンパントリーのお支払い方法は、こちらに詳細があります。  
 
 
ハードクッキー・ソフトクッキー・ゼリー・羊羹・お餅・ハム・チーズ・野菜・チョコレート等にも使えます。
興味のある方は、ご覧になってみて下さい。
 
私の住む街は、昨日、一昨日からとても暑いです。
梅雨入りをしたのに、あまりちゃんと降っていないようです。
雨時々止むの予報で、近くを通過する台風の影響で街中が蒸し風呂のようになり、気温が上がっています。
今日は晴れていますが、危険を感じる温度です。
 
いま少し暑く感じているかどうか、調べてみて下さい。
熱中症は室内でも起こります
 
数値に異常が無くても、吐き気やめまい、頭痛、気分が悪いなと思ったら、塩と水を摂って下さいね。塩は人差し指と親指でほんの少しと思う量で結構です。
涼しく暗い所で休んでいて、30分くらいしてから、まだ気分が良くならなければ
#7719(救急安心センター 無料)に電話し、
ご自身の具合の悪さと、いま何を対処したか。
していなくても、
「具合が悪いので、救急車を呼んで良いのか分かりません。」
と伝え、
その後は、 #7719救急安心センター 無料に出た人の質問に答えて下さい。
それで救急車を呼ぶべきか、後で病院に行くべきかを教えてくれます。
 
それでも気分が悪いな、という時は、すぐに119(救急)に電話しましょう。
 
それでは、エアコンの設定を20度にして、重ね着で調節しながら、素敵な日曜日をお過ごし下さい。 
 
 
 
 
 
 

2025/06/08

美しい細工物

 

日曜日なので、穏やかな内容を書いています。
 
本日は少し早めに公開しています。
 
綺麗だと思うものをひとつ部屋に置くと何かと便利です。
インテリアというより小物のサイズなんですが。

私はこの頃、SHEINで異様に安い値段で、ちょっとした置き物を購入しています。
元々米びつを何とかしようとして、長く使える鉄の大きな缶を買ったのが始まりです。
Amazonだった筈ですが。

事前に、届くまで半月かかると分かっていて購入しました。
好きなデザイン・色だったし、実際中国の一般のお宅では米びつとして使われているんですって。
半月後届いたら、本当にピッタリな大きさと、お米を入れても持ち上げる時に手首・腕・腰に負担が掛からず、私は永遠にこの米びつを使うと思います。

年代にも依りますが、中国の製品や細工物は特別な物でした。
私が幼稚園に上がるか上がらない頃は、大陸には凄い職人さんが居る。が当たり前でして、舶来品という言葉がアジア全域を含むなら、中国もそうだったんです。

それで2020年代からSHEINで、安価ではありますが、細工物を購入しています。
以前、部屋の中にお気に入りの必ず片付いている、綺麗な一角を作っておくと良い、と書きましたけど、その更に縮小版です。 
1つ、2つでも、落ち着いたり、穏やかだったり、華やかだったり、する効果があります。

この頃、香港の「茶室」と呼ばれていた当時の紳士が主に行くお店では、当時の
香港の紳士達は、小さな鳥籠に小鳥を実際に入れて(本来の小鳥の住む籠とは別の、お出掛け用のお洒落な鳥籠に入れて)、良い服装で一緒に入店し、お茶を愉しんだそうです。

どうして小鳥なのかな? と夏目漱石の「文鳥」を想いながら考えていると、本の端に、香港では小鳥を籠に入れて持つのが紳士の嗜み(たしなみ)だったと有り、開いた本から美しい光がこぼれ落ちるような気がしました。

韓国の美観地区のような歴史保存区に、お茶とお菓子を実際に頂けるお店があるそうですね。
そちらのお茶の名前に「細雀」というお茶が有るんですって。

香港では「太子」(なんとイギリス領だった時代、英語では「Prince Edward」という地名になっているんです。)という駅があり、出て少し行くとバードガーデン(雀鳥花園)という小鳥や鳥を商う、伝統の街があります。
その隣りには花を商う専門の街。

小鳥や鳥は、私が思っているより更に極上の意味が、本来あるようです。

そういえば、「トリを取る」と言って、1番良い人、その時期最高の人を「トリはその人」という言い方を日本でもしますよね。

そんな事を考えながら、中国、ベトナムの美しい細工物と此の頃を過ごしています。

それでは、素敵な日曜日をお過ごし下さい。
 
 
 
 
 


2025/06/03

沈黙の世代・本日の雑感(不定期) / The Silent Generation: Today's Musings (Irregular)

私の世代は、最初は「白け世代(しらけせだい)」と呼ばれました。
白ける(しらける)というのは、クールの度が過ぎていて嫌な態度の事を表現しています。
 
その後も、「無反応」とか「元気が無さ過ぎる」とか「いつもバラバラ」とか、「言う事をきかない」「個性が無い」「常識が無い」「すぐ理屈」「教養が無い」「良い物を知らない(本物を知らない)←私の世代もバブル期だったのに(笑)」など。
とにかく私の世代への呼称や表現、形容は、散々でした。
 
普通に外を歩いていても、失礼極まり無く突然怒鳴りつけられたり、敬語を子供ながら一生懸命大人に向かって話しているのに、高圧的に即座に言い直されたり(知らない人)、服装の季節が違うと見も知らぬ人から注意されたり。
 
この世代には何をやっても良い。
こいつらには教育が足りていない。
この人達には注意をして当然である。
という価値観のようでした。
 
私は自分達の世代から見て、上の上の世代の人達を、今でも基本姿勢として「あ・あの人達だ・・・。」という醒め切った目でまず構えます。 
 
実は、「オタク(おたく)」は、私の世代の、趣味に熱い人達全員への揶揄い(からかい)から始まった言葉なんです。(後にクールジャパンとして世界に名を轟かせたのにねー) 
 
これには理由があって、「あんた」も失礼だし(とても親しい人に言われたら嬉しいし、それ以外に言うときはそう思っているよ、という言葉)、「あなた」は、(私は特に沢山注意された経験があるんですが。)いきなり知らない相手からの注意は「あなたね・・・、」から始まるんです。
本当は綺麗な言葉なのに。
 
 なので言われていた世代の私達独自の価値観は、
「あなた」と言うと、高圧的で慇懃無礼極まり無い呼びかけである。という認識が全員にあるので、「お宅はどうですか?」という言い方をセレクトしていたんです。
「ウチ(家)はね。」(自分の場合は、という意味が強い)という言い方があったので、それで「お宅は」という言い方をしていたんです。(「貴方の場合はどうですか? 人によって違いますよね。」を言外に語っている。)
 
気楽で相手を緊張させない、失礼では絶対に無い、呼びかけだったんです。
まあ、後にその人達は世界でギークって呼ばれるんですけど。
 
最終的に私の世代は、「新人類(しんじんるい)」と呼ばれる事で落ち着いたようです。・・・凄いでしょう?
 
ご自身達は、やれ本物を知っている。(本当は年代的に後追いでーすーよーねー。)、自分達は、・・・何だっけ? ロスト・ジェネレーションってゆー、すっごいお洒落で格好良い名前で呼んでいるのに、私達は新人類なんだってー(無表情)。
私の世代だけへの、凄まじい憎しみを感じているし、感じていました。
 
それで何故私達は、そういう「上の奴らには全反抗で、年齢が下の人達は皆、面倒をみてやるんだ。優しくしてやるんだ。」
みたいな「全対応一色べた塗りの変な考え無し」のことも、「ハマり過ぎ」(自分に酔っている)と言って、自分達は相手によって判断を変えていたかと言うとですね。
 
何も言わない事で、徹底的にその人達を無効にしていたんです。
 
相手にする。というのは、相手にしたい奴と相手をさせられる人という、2つの存在があります。
でもいくら一方が向かってこようが、手を伸ばしてこようが、返事をしない。反応しない。意識もしない。
お前などに影響も受けない、のが私達の普通なので、
その後もあっさり忘れて、しつこく論われた(あげつらわれた)事をムキになって言い直したり、言い張ったりもしない。そもそもすぐ忘れちゃう。
というやり方だったんです。
 
だから黙っている。何を言われても黙っている。目を合わせない。態度も少しだけ力を抜いて、そいつらには永遠に知らない振り。
どんなに怒鳴られようと、机を叩こうが蹴ろうが、私達は単に黙って、「早く終わらないかな・・・。」と別のことを考えている。 
実力行使で来たら突然やり返す。
 
そういう事だったんです。
 
それで、ロスト・ジェネレーションという名前が本当に素敵なので、私は2025年になって私の世代の事をこのように呼ぼうと思い、今朝書いています。
 
「沈黙の世代」
 
「Silence Generation」
 
レイチェル・カーソンの「沈黙の春」という本を、英語教科書で学んだ世代でも有りますし、なかなか良いと思っています。
 
私達をその都度助けてくれたのは、すぐ上の世代の人達が主でした。
そして上の上の世代の中の、本当は私達が何者か知っている人達がそれぞれ、適切に、助けてくれたり、その大きな羽根でかばってくれたりしました。
そのまた上の世代の人達は、何故だか、私達には分かるように、ワザとそいつらには分からないように、私達の事でそいつらを注意したり説教したりして下さいました。
 
あまり気がつけておりませんし、配慮も行き届きませんが。
 
じゃあ「沈黙の世代」って事で、宜しくお願いしますね。
 
 
・・・いい加減気がついてよ。そんな名前を口にしている奴を私達がどう思っているか。
 
 
20250604 16:38 文章を直しました。 
20260109 18:36 英語版を追加しました。
 

 
 
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My generation was initially called the “disillusioned generation.”
“Disillusioned” describes an attitude that's overly cool and unpleasant.
 
Later, we were called “unresponsive,” “too listless,” “always scattered,” “disobedient,” “lacking personality,” “lacking common sense,” “always nitpicking,” “uneducated,” “don't know what's good (don't know the real thing) ← even though my generation was during the bubble era (lol).”
Anyway, the labels, expressions, and descriptions for my generation were relentless.
 
Even just walking outside normally, people would suddenly yell at us with extreme rudeness. Even when we kids tried our hardest to speak politely to adults, they'd immediately snap back at us in a high-handed way (strangers). If our clothes weren't seasonally appropriate, complete strangers would lecture us.
 
It seemed like the prevailing value was:
You can do whatever you want to this generation.
These kids just aren't educated enough.
It's only natural to correct these people.
 
Even now, when I see people from the generation above mine, I still adopt a fundamentally detached attitude, thinking, “Ah... those people...” with a completely cynical gaze.
 
Actually, the term “otaku” started as a teasing, mocking word for everyone in my generation who was passionate about their hobbies. (And yet, it later became famous worldwide as part of Cool Japan, huh?)
 
There's a reason for this: “Anta” is rude (though it can be flattering when said by someone very close, implying “I mean you when I say that”), and ‘Anata’ (I've been scolded with this a lot myself) often starts reprimands from strangers with “You, now...”
It's actually a beautiful word.
 
 So, for our generation who grew up hearing it, we developed our own unique perspective:
Saying “you” is perceived as an extremely high-handed and insincerely polite address. Everyone shared this view, so we chose to say “How about your place?” instead.
Since there was the expression “My place, you see...” (which strongly implies “in my case”), we used “your place” based on that. (Implicitly saying, “How about you? It varies by person, right?”)
 
It was a relaxed way to address someone, not making them tense, and absolutely not rude.
Well, later those people got called geeks around the world.
 
Ultimately, my generation settled on being called “New Humans.” ...Pretty amazing, right?
 
They themselves were like, “We know the real deal.” (Though really, generation-wise, they were just latecomers, right?), while we were... what was it? They called themselves the Lost Generation, this super stylish, cool-sounding name, but we were just New Humans, huh? (expressionless).
I felt, and still feel, this intense hatred directed solely at my generation.
 
So why did we get labeled as “too obsessed” (drunk on ourselves) for having this “all-or-nothing, one-size-fits-all, weirdly thoughtless” approach like, “Total rebellion against the older folks, but we'll look after everyone younger. Be kind to them.”
Did we change our stance based on who we were dealing with?
 
No. By saying nothing, we completely invalidated them.
 

There are two kinds of people: those you want to deal with, and those you're forced to deal with.
But no matter how much one side comes at you, reaches out, you don't respond. You don't react. You don't even acknowledge them.
Not being affected by the likes of you is our normal state,
so afterward, we simply forget it. We don't stubbornly repeat or insist on things we were persistently argued with (or nitpicked about). We just forget things quickly.
That was our approach.
 
So we stay silent. No matter what's said, we stay silent. We avoid eye contact. We relax our posture just a little, pretending forever not to know about them.
No matter how much they yell, no matter how much they pound or kick the desk, we just stay silent, thinking, “I wish this would end soon...”
If they resort to force, we suddenly fight back.
 
That's how it was.
 
And so, because the name “Lost Generation” is truly wonderful, I decided this morning that when 2025 comes, I want to call my generation this:
 
“The Silent Generation”
 
“Silence Generation”
 
We're also the generation that learned Rachel Carson's book “Silent Spring” in our English textbooks, and I think it's quite fitting.
 
The ones who helped us along the way were mainly the generation just above us.
And within the generation above that, the people who truly understood who we were each helped us appropriately, shielding us with their big wings.
The generation above them, for some reason, would warn or lecture those folks about us in ways we could understand, but deliberately in ways they couldn't grasp.
 
We weren't very aware of it, and the consideration wasn't always thorough.
 
So, let's just call it the “Silent Generation,” shall we?
 
 
...Come on, get a clue. Think about how we feel about those who use that name.
 
 
20250604 16:38 Edited the text.
20260109 18:36 Added English version.
 
 
 
 
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2025/06/01

東京1

子供の頃から、東京の人は冷たい。という言葉を2025年の今まで聞き続けています。
それが確かな感想なら、
 
江戸からの習いを知っている、東京が地元の人達が、ユーモラスな態度を取る訳がないでしょう。
 
すぐ勘違い。思い込んだら一直線。すぐ激情。悪口雑言、言いたい放題。
すぐ人情に巻かれる。
科学や理より、やたらと感情を優先。(東京大学って何処にありましたっけ?)
無駄に短気。
すっごく気取っている。
何かというと田舎者と人を見下す。
いつも「江戸っ子じゃないか!」「東京なのに!」と押し通そうとする。
乱暴。
初対面でタメ口。
すぐお金じゃ無いと言い張る。 

そこは首都で在り続けている都市で、徳川家康が幕府を開く前から、人々が集まっていた場所なんですよ。平野だし。

そんな訳がないでしょう。
 
三代続かなきゃ江戸っ子じゃ無い。
嘘と坊主の頭は言った(「結った。」(ゆった)江戸の言葉。髪を結うの同音語。なんかきっと噺家や芸人を侮辱するのも含んでいる。)ことが無いんだ! (フィクションの台詞)
東京砂漠(歌詞。表現!)
 
商いが嫌い。←株式のデータの中心地は首都東京ですよね。ナニこれ?(笑)
 
これらは全部、大嘘。デマ!です。 
これについては寿命が無くなるまで、エナメルが生涯預かります。20250601本人記述
 
私は、そんなに詳しくないんですけど。
たった1回その場でやり返しただけで(20代前半)、いつ行っても東京の人達は親切でしたよ。
べたべたしない、適切でさっと相手の重荷にならない気遣い全開で、すぐ立ち去る。
もの凄く洗練された、親切でしたよ。
 
どうして誰も言わないんだろう? 
 
変だな・・・。と思いながら二桁年数を越えて来ましたけど、東京の人は親切ですよ。
 
・・・首都の文化をここまで踏みにじるのが美徳とされる国って、日本だけじゃないですか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 

睫毛をもう2・3本足したらどうかな。(強いて言うならだよ!)by トップ・メイクアップ・アーティスト



日曜日なので、穏やかな内容を書いています。
 
お隣の国、韓国のスーパー・スターが、事前投票の会場にカジュアルスタイルの黒い服で現れた、という報道を見ました。
 
私はスーパー・スターがいつも世の中のお手本で居る必要はないと思っています。
ただ、そうで有ろうとする態度は、とても尊敬しています。
 
皆さんは、黒い服についてどの様な感想を持っていますか?
シック、喪服、少し威圧感がある。
すごく垢抜けている。
お洒落な決まり方をする。
インテリジェンスにもセクシーにも見える。
 
とても新しい。
さっぱりしている。
派手である。
並大抵では無い。
こんな感じでしょうか?
 
私は、少しだけ東京の文化に興味があったので、「江戸時代くらいから、当時の人々が1番お洒落をする時は「黒」を着る。」
「それが東京という首都になっても、街の人と町の人達にとって「黒」はずっと特別な色である。」
という認識をしています。
 
ブラック・フォーマルという言葉は、ドレスコードで最上級のドレスアップをした上に、最大級の敬意を払う服装をして来て下さい。
という意味です。
こちらはおそらく西洋と私達日本人が呼んでいた、ヨーロッパかアメリカから輸入された文化です。
  
日本でも江戸時代から「黒」は特別な色だったので、不思議な偶然ですよね。
たまたまなんですが、そういう理由から、韓国でのスーパー・スターが事前投票に現れた時に、カジュアル・スタイルで有りながら、全身を黒にしていた理由が分かったんですね。
 
「黒」というのは、本当に難しい色です。
着こなすのに訓練が要る色なので、「黒」が似合う人というのはとても羨ましいし、私はこの歳になっても「黒」を上手に着こなしていると判断するのを、自分自身に許可できません。
 
「黒」を着れる方は、煌めきを纏っています。
「光っている」という最大級の美しい形容が有りますが。
「黒」が似合う方、「黒」を纏っても尚、その人が掻き消えない方は、「光っている人物」なんです。
「見れば分かる」が、そこに居るんですね。
 
日本を代表する世界的ブランド、コム・デ・ギャルソンやヨージ・ヤマモトが、黒を研究し尽くした文化であったのも、今になってとても納得があります。
80年代後半頃、テレビを通して知った僻みに、「黒を着て居れば良いと思っている」というのがありますが。
見て分からないし、黒を着こなせる人がどういった人物であるのかも分からないと、自分自身を宣伝していたんでしょう。
 
日本のスーパー・スターである中山美穂さんが、NHK紅白歌合戦に「派手!!!」という楽曲で出演した時、「金色」の衣装かな? それとももっと私の度肝を抜くような、とても華やかなドレスで現れるんだろうか? とテレビの前でワクワクしていた少女の頃の記憶があります。
なんと中山美穂さんは、全身黒の華やかでモードで帽子を被った、ブラック・フォーマルの衣装で、舞台の端から歩いてステージ中央に立ちました。
 
IT(イット)は、私の解釈では「未だ名前を持たない、最高の存在」という言葉です。
黒は、光る人物しか着こなせない。
その上、ブラック・フォーマルかつ帯帽(帽子を被っている正装)という、レディが着る最大の敬意をステージと視聴者とファンに向けて表(ひょう)していました。
今になって私は、
"中山美穂さんは、「IT」です。”
という事実を、クリエイター達が同時に告げていたと確認が出来、どうしてあの時、彼女を紹介する司会者が、「黒い衣装で登場です。」と少し弾んだ声で言った理由も分かって、胸に風吹き渡る気持ちになっています。
 
「気障(きざ)」という言葉も、実は肯定で素晴らしい言葉なんだそうです。
今では誤解から、あまり良い意味では使われて居ませんよね。
 
でも私は「気障な言葉」を言われるのは、子供の頃から嫌ではありませんでした。
何故だか嫌ではありませんでした。
むしろ、どうして聞いた人達が照れてしまい、そんな自分を恥ずかしがって誤魔化す為に、囃し立てるのか分かりませんでした。
 
2025年の今では、その頃からの気持ちが言葉に為るのですけれど。
「その言葉を貴方に向けた人が、貴方にめぐり会うまでの全知性と経験の中から、選び抜いた言葉を貴方に告げている。」
「貴方の為だけの「IT」です。」
 
態度や言葉を気障というのは、本来「素晴らしい最初の良いもの・素敵なもの・感激する、等」を、全部含む言葉なのでは無いでしょうか?
 
あの楽曲の男性は、ITレディと恋愛をしている人物です。
だから中山美穂さんが唄っていたし、彼は本当にドジでは無く、江戸から伝わる東京の話法で、「完璧な貴方が私と付き合ってくれるなんて」と言うITレディの独白から始まり、彼が圧倒的な人物なのを語っているんでしょうね。
 
「楽曲の解釈」に正解はありません。
歌詞をセンテンス毎(ごと)に、全部反転させてみると、彼女は自慢をしているのかな? と、さらに素敵な気持ちになりますよ。
 
「派手!!!」の彼女のように、圧倒的な彼と親しくなったら、あの程度の憎まれ口を叩くのも、なんだか「IT」ですよね。
最高という意味で最後は使っています。
 
 
寒いですね。
急に4月のような気温で。
この気温バランスが続く限り、皆さんは高原に居るつもりで服装の調節をして下さいね。
 
それでは、素敵な日曜日をお過ごし下さい。
 
 
20250604 16:57 文章を直しました。