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うっかりカツカツやって来て、うっかり居ない。( By O.)
 

2024/02/25

写真が多い日曜版

 
 
日曜日なので、穏やかな内容を書いています。
 
このごろちょっと真面目な内容が多く、写真も少なめでしたので、本来の日曜版のスタイルに戻り、ふんわりとした内容で写真を多く載せています。
 
 
 

今年のバレンタインデーは、福砂屋のカステラにしました。
オンラインストアがあって、どうしてもなんだかカステラが食べてみたかったので(バレンタインデーとは?)、パートナーの了解を得て注文しました。
各種決済はありますが、代引きも可能です。

福砂屋オンラインストア

私が頼んだのは、こちらです。
 
福砂屋オンラインストア様内
詰め合わせ 2本入 1号×2本 4536円
 
カステラとオランダケーキというココア・くるみ・レーズンの入ったしっとりしたチョコケーキにしました。
このオランダケーキをパートナーは大層気に入ったようで、美味しそうだな、と思って注文して良かったです。
 
福砂屋のカステラは、底面にザラメ糖が残っている、ええ、今みなさんが、ああ!アレ!と膝を打った、あの美味しいカステラです(笑)。
あのカステラが福砂屋のカステラなんですよ。
 
大昔は、一本をお好みの大きさに自分でカットするスタイルでしたが、現在はちょうどいい大きさにカットされたものが、一本として入っています。
オランダケーキも同様です。
 
また、ちょっと食べてみたい、好きだけど一本は食べきれるだろうか? という気持ちや、たくさんの人に配りたい場合のために、フクサヤキューブ という2切れ入りのかわいらしいキューブパッケージに入れられた商品があります。
 
店頭ではキューブひとつから、オンラインストアではキューブ二つから729円で販売されていますよ。
 
現在は、フクサヤキューブパッケージが春の櫻色になっていて、とても上品な季節感があります。
これから移動のご挨拶、ホワイトデー、お疲れ様の差し入れ等、とても小回りの効くお菓子ではないでしょうか。
 
興味のある方はぜひオンラインストアをご覧になってみてください。(回し者ではありません。)
 
 

こちらは東京旅行に持って行った、ダイソーで購入したお茶ポットです。
お住まいの地域によって、配送期間が違いますので、旅行に持って行きたいという非常に奇特な同好の士の方々は(笑)、余裕を持ってダイソーネットストアで注文してくださいね。

ダイソーネットストア

支払いはPayPay使えますよ。
 

今回の旅行では、ダイソーネットストアで靴ケースやプラスチック製のコーヒードリッパー(三角錐のアレ)、お茶パック、コスメボトル、シャンプーボトル、ふた付きの石けん受け、割り箸、電子レンジ対応の紙皿などがとても役に立ちました。
 
私は挽いていくよりホテルの部屋で豆を挽きたかったので、ミル(豆を挽く機械)は、アウトドア用の、ハンドルの取り外しが出来て、持ち運びに便利な金属製のものを持って行きました。
 
お茶はほうじ茶、カモミール、紅茶のリーフ茶葉を、普段使う分だけお茶パックに入れて、ジップロックのSサイズに別にリーフも入れて、あわせて持って行きました。
 
私は、ホテルってビジネスホテルがとても好きなんです。
理由は、小回りが効く機能と、疲れが取れるベッドが完備されているから。
リッチな旅行で、長期滞在するなら、ある程度広くて、プライベート空間に電子レンジや製氷機があると便利だけれど、ちょっと素っ気ないくらいで、部屋がひっそりとしてるほうが落ち着くんですね。
 
今回、ネットで安くて自分達の都合にあったお部屋を、飛行機と込みのセットで購入しましたが、本当に良かったです。
 
相鉄ホテルズ 公式サイト
 
チェックイン・アウトはタッチパネル で行い、不安な方はフロントにお願いすると、すぐそばに来てくださいます。
たまたま同じチェックイン時間だったビジネスマンの方が、すぐにフロントに向かって「教えていただけますか?」と声をかけられていましたので、わからなくても何も心配することはありません。
 
また、こちらはカード決済、PayPay等スマホ決済オンリーで、 現金を取り扱いません。
 
そうすることで、宿泊客の身元保証が確実である、という防犯の利点も大いにあります。
そして、部屋に向かうエレベーターは、部屋のカードキーをかざさないと、フロアに呼べないようになっています。
 
なので、一人旅、またはお友達とビジネスで旅行をする方は、 心配がかなり減るホテルです。

ちょっとブランクがありましたので、現在のビジネスホテルがどこもそうかどうかは分かりませんが、こういうスタイルの所を選ばれると安心ですよね。

私個人は、現金決済と両方が出来れば良いな、という考え方です。
暮らしのスタイルによって、カード決済ができない方がおられますので。
でも現在は、PayPay等、スマートホンの番号で個人確認が紐付けることで、カードを持たない方も、個人確認が取れ、現金だけでなくても決済ができるシステムがあります。
 
なので防犯という面で、このスタイルはとても安心ですので、ご紹介しました。
 
でも、旅先はお店によっては現金のところもたくさんありますし、いざというときはやっぱり現金ですので、現金は用意しておくのが一番いいと私は思います。
 
 

 
こちらはアマゾンの古書店から手に入れた、犬塚堯(いぬづか ぎょう)の詩集です。
 
詩もやはり好みですが、私は詳しくはないけれどアルチュール・ランボーも好きなので、犬塚堯の詩はとても心が震え、詩が胸に浸透していきます。
敬意を込めて、堯さん、と遠慮がちに心の中や部屋の中でお呼びしながら、一気には読めないので、ひとつひとつ大切に読んでいます。
 
 
古書店の利用は賛否両論ですが。
アマゾンの凄い点として、全国の古書店で、今では手に入らない本、入りにくい本が探せて、購入できる点です。
 
安いからという理由で買うときも私もありますが、古書店を利用する時は、現在、流通の表面に浮き上がってこない、隠れた名著、ささやかであっても支持されている本、そういった出会いや教示の場でもあるという認識で、利用しています。
そして、そこまで売れなかったけれど、好かれている本、ハッとさせられる本、偶然の果てに出会っていくといい本、そういうセレクトがあるのが、とても重要ですし、古書店の非常に優れている点だと思います。
 
こういう古書店がいいな、という好みもたくさんあるでしょうが、現実に古書店を訪ねるなら、私は、学生街の古書店を第一におすすめします。
 
分かっている人が来てもいい。
分からない人が来てもいい。
分かっているふりをしても嗤わない。
分かっていなくても嗤わない。
 
誰が来ても、騒がしくしたり、人のジャマをしたり、本を汚したり傷つけない人であるならば、本を選んで、迷ってもいい。
座り込んで読むだけ読まれるのはとても迷惑だけど、中を見て迷っていたって何も問題はない。
 
本の熱気にまかれて、古書店を出た後、なんだかお腹がすくので、近くにラーメン屋さんや喫茶店、カフェ、定食屋さんもたくさんある。
 
お財布と相談するのなんか当たり前の、学生街の古書店なら、無為な時間の中にある潤沢、を味わえるのではないでしょうか。
 
 
もう2月も終わりです。
今年は本来なら28日まであるはずの2月が、29日まである閏年なんだそうです。
 
よく不老長寿といいますが。
2月29日に生まれた人って、暦の上では、ある意味、不老長寿ですよね。
ひょっとして29日生まれの方の軽口から、不老不死なる考え方が出てきたんじゃないでしょうか。
 
ネットでも現実でも、古書店を巡って、気持ちの中の青年や若者を楽しませてみてはいかがでしょう。
お腹がすいたら、気取らないたっぷりの食事、大きなカップにドバドバと淹れたコーヒー・紅茶が、そんな午後には似合います。
 
それでは、素敵な日曜日をお過ごしください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2024/02/24

古い並木道の記憶


 



 
写真は、東京、日本橋からの一枚。


東京の空と言えば、ある世代から上の方々は、薄曇りの空をイメージされると思います。
 

実は、私が東京に行くといつも快晴です。
そしていつも暑いです。
なぜか分からないんですけれど、滞在時の数日はだいたい平年より高めの気温で、なぜこうなんだろう? と無表情になっています。
 

寒い日も普通の日もあるので、そういうもんなのかなとは思っているんですが、私は晴れ女なので、ここまで体質がお日様がダメなのに、いつも予定を立てるとカンカン照りなのは、一体どういうことかな・・・とこちらも無表情になっています。
 
東京は本当に櫻が多く、どの木もとても大切にされています。
街路樹がどこも立派なんですね。
 

植栽が若くても、ある程度の成長を見越してスペースをとられているので、植えられたばかりの街路樹を見かけて、一生懸命ここで大きくなってもそのうち切られちゃうのかな、という不安が一瞬胸をよぎることはありません。
 
あまり木を切りたくて切る人、その判断を下す人はそう居ないと思います。
 
こんなとこに木なんか植えやがって、この野郎、たたっ切ってやる!なんて人はあまり居ないでしょう。
 
木を切るという判断をする人って、

木を植える人イコール善良な人。

木を切る人イコール悪徳な人。

という先入観で不必要に悪人にされてしまうので、よく気の毒だな、と思っていますし、同じ気持ちの方も少なくないはずです。
 
昨今の木や森の存続についてひっそり思っているのは、もっと前の、切ろうかどうしようかの判断をすることを検討する段階で、どうして、この木を切らなければならないという意見が出てきたのか、その要因を公開してくれればな、と思っています。
 
そうすれば、仮に病気が原因として、
それは治療が可能かどうか、
どのくらいの予算がかかって寄付でまかなえるのか、とか、
枝が落ちる恐れがあるのであれば、
支えをつけるだけではダメなのか。
近隣に目の不自由な方や歩行にどうしても平坦な道が必要不可欠の方がおられて、その都合はつけられるのか、つけられないのか。
防犯であれば、その木があることで何が起こっていて、その対処は本当に伐採でしかできないのか。
小さな森であれば、全部切ってしまうより、周囲を柵で覆って、公開時間を設ければ、防犯に効果はあるのかどうか。
 
そんな、持ち寄ったアイデアが提供できることを開示していただければなと思っています。
 
いまこんな要因で、こういうことを考えている。
という情報公開に、すぐ飛びついて、反対反対、なにがなんでも反対!と騒ぐのは、良い方向に向かうこともダメにしてしまうので、それは正直、地域の木を大切にして長い間愛してきた人達にとって、とても迷惑なんですね。
 
前、私がひっそり暮らしていた地域では、とても古くて素晴らしい櫻並木があったんです。
 

地域の人と知っている人は知っている場所で、私も若者だったとき、酔っ払って歩いて帰る途中に、角を曲がったら突然、花びらを静かに散らす夜の櫻並木に出くわして、その幻想的な力強さと静謐さに息をのんだ記憶があります。
当時でとても古い立派な木達だったので、すべて老木だったんです。
 

結局、病気が治せないという理由で、苦渋の決断から小さな並木道はなくなりました。
誰も反対運動を起こさなかったところを見ると、みな、とても悲しかったけれど、ギリギリまで維持し大切にした上での決断だったことをご存じだったのでしょう。
 

やがてある日、珍しく回覧のビラがポストに入っていました。


そこには、どういった経緯で伐採が決定したのか、静かに記され、その地区の責任者の方、市の職員の方、住人のみなさんが悩んだ末の決定であったことが報告されていました。
そして、新しい櫻の木を植えますので、これからはその木を愛していきましょう。という言葉で、お知らせは締めくくられていました。
 
その文章は、伐採の決定までに非常に苦しまれたのだろうという、絞り出すような言葉で、静かに深く悲しまれているのが如実に伝わってくるものでした。
 
やがて、新しく植えられたのは、病気に弱いソメイヨシノではなく、違う種類の元気な櫻でした。


私は、その若木を見たときに、我々は二度とあのような惜別を経験したくないのだ、という、地域の人達と関わった人達全員の断固とした意思を知りました。


 
対話は、威力を知らしめることでもないし、自分達は怒らせたら怖い相手だから機嫌を取れと、思い知らせることではないんです。
 
ときにはすぐに声を上げなければならないとき、とにかく状況を回避せねば命に関わることもあります。
 
でも日常で姿を現す、私達の暮らしに関わることの多くに必要とされる、オフィシャルな対話は、まず感情的になってしまう口を閉じて、一体、いま自分の前にあるのは何か、を考えることから始まります。
 
そして物事は複雑であるのが常なのですから、まずはテーブルにつき、そこに座ったのならば、対話に参加する資格というマナーをそれぞれが自分に課してから、対話を試み、その場に来た全員が未来を望んでいるのだ、という信頼を持って対話を続けていくべきなんだと、私は考えます。
 
問題がある。
では、その先に向かうために、何をすべきなのか。
どうしたらいいか。何ができるのか。
 
 
意見は苦情では無いし、アイデアは不信ではありません。
 
並木道を守ろう、と言うのであれば、維持するため、そこをよけて新しいビルを建てるための特殊な工事の必要経費を、全員が出し合ってまかないあえるのかどうか。
そこまでちゃんと計算して、予算として提出できる、具体的な感覚がとても重要だと思います。
 
現実には、悪役は存在しません。
勧善懲悪も胸アツ展開もその演出も必要ありません。
 
現実と物語の区別をまずつけて、騒ぎ立てずに、大きな声を出して相手の意見を聞こえなくさせることばかりに気を取られずに、
対話という、複雑な物事に取り組む人達全員を助ける可能性をとても多く含むもの、の存在意義を再確認し、テーブルについて具体的な明日の話ができるように、もっとなると良いな、と思っています。
 
意見を出せなくとも、その環境を整えることは全員にできます。
 
私達は、もう大人になるべきです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2024/02/23

無意識の蔑視線 1

 

プラタナスの街路樹の木肌

 
普段、私は現実世界では主婦をやっています。
 
専業主婦と言い切ってしまうほどでは無く、みなさんご存じの通り、ずっと付き合っていくものと共存しながら、主婦をやり、お仕事があるときはお仕事をしてギャラをもらっています。
 
仕事は、いわゆるお家でできるデジタルな仕事で、それは職人技が要求されるときもあるし、ごく簡単な作業をサクサクやっていく仕事でもあります。
 
職人技の時は、 非常に厳しい上司となるパートナーにビシビシしごかれながら、でも親切に教えてもらっています。
そして、その技能は、実は、現実世界で過去の若者・青年期に手につけた技能です。
 
だから、誰でもできることも含まれるけれど、正直に言えば、それは誰でもできることではない特殊な技能を持っています。
でも、特A級ではないので、それなりの技能ですが、事実として、その技能は特殊な人にしかできないし、教えられないし、取得することが出来ないものを、ちょっとだけの才能と先天的な特性のおかげで、必要な時にその技能を基礎としたことをちょこちょこやっています。
 
でも、普段は、私は専業主婦ですし、人にお仕事は? と訊ねられたら「専業です。」と答えています。 
専業としては、たぶんC級です。料理はレシピを見ないとできないレベルですし、掃除もやるときはやるけれど上手ではきっとない。
部屋の中は片付いているほうが好きだけど、面倒なときは雑然としているのを後回しに出来ます。
洗濯は洗濯機でやっていますし、なんでもラクチンが好きです。
アイロンは一時期頑張っていたけど、もう面倒くさいし、とても大変だし、気楽にシャツを着る人間が、この苦労をちっとも理解せずに、ひょいひょい着て脱衣かごに放り込むので、数年前から、堅い職業の人と会わねばならない時だけ頑張り、あとは洗いざらしで手で伸ばして干して、干したハンガーをそのままクローゼットにしまうようにしています。
 
パートナーも心得たもので、このごろは皺になりにくいお洒落シャツを買ってくるようになり、ついこの間、私達はスチーマーを購入しました。 
 
休みは、だいたい月曜日に取るようにしています。
そして、私の専業主婦業には、パートナーから必要経費込みのギャラが支払われています。
支払われていますが、 あるときはあるし無いときは無い稼業ですので、妙な金の使い方を私が時々する理由はそれです。

お金はあるか、と言われたら、あんまりありません。
 
そういう暮らしをしているんですけれど。
私は専業主婦であることは、特になんとも思っていません。
良いとも思わないし、悪いとも思わない。
出来ることをやっているだけだし、得意なことをやれば良いんだし、それで一応、対価も得られているし、ちまちま貯金をして、ばっと必要なものをタイミングで購入して、家や部屋を整えています。
だから、療養期間中にすごく驚いたのは、いつの間に専業主婦はここまで下に見られ、蔑まれ、働いている人達、結婚していない女性達から、敵キャラ確定になってしまっているのだろう、ということでした。
 
その時期を経て、なんとも思っていないことは何も変わらないのに、人に言うのがすごく嫌になりました。
本当に嫌な思いをするからです。
 
なので、私が療養期間を経て、思っていることを淡々と書こうと思います。
 
先日も見たんですが、よく話し合いの場所で、専業主婦はヒマですよね?違うんですか?という話題を見かけます。
で、だいたいそうですよね。と微笑んで話は終わっています。
どの話も、本人達は忙しい忙しいと言っているけれど、仕事をしている自分たちのほうが忙しい。だからその人達はヒマなのにわかっていない。という微苦笑で終わっています。
 
私が思っているのは、この手の話題を現実でも最近ではネットでも見かけるようになって、もう二桁の数年が経過しているんですが。
 
何故、あなた達は、他の職業の人を、自分より忙しいハズは無い、という話題を一切しないんですか?
 
と思っています。
 
何故、たとえばあなたが営業さんだったら、CAさん(最近飛行機に乗りました)って忙しい忙しいって言ってるけど、私は家に帰ったら自炊をしているから私のほうが忙しいし時間もありません。あの人達は本当は忙しくないんですよ。
 
と言わないんでしょうか。
 
何故、CAさん(飛行機の中でとても良くしていただきました)って言っても、大変なのは最初だけで、慣れたらどうということもない職業だし、そうそう大きなアクシデントは起こらない日常なのに、どうして子供が大きくなって手がかからなくなった主婦のように、ヒマなハズだ。と言わないんでしょうか。
 
何故、この世界で最も忙しい職業の誰それさんは、あなた達にむかって、忙しいのよ。家に帰って一杯やるときがやっとの息抜きなの。と言っても良くて、毎日、壁から床から磨いて回って、一日中立ちっぱなしの生活をしているわけでもない、専業主婦が、自分のスケジューリングをして、夜の晩酌をしていたら、微苦笑を浮かべ、ヒマだろ? とパートナーに言われないといけないんでしょうか。
 
みなさんのお仕事は、誰か一人でも欠けたら、出勤出来なかったら、会社が倒産し、株価が大暴落するお仕事なんですか? 

あなたのお仕事は大したことがないですよね。それは世の中の人がみんな思っています。

と言わなければならない、専業主婦は、その蔑視線の対象となる役割まで果たしている仕事をしているだけでも、私は、大したものだと思うんですが。
そこはどう思われますか?

なぜ、他の職業の人を、自分より忙しいはずがないという前提はまず話題にしなくて、専業主婦は自分より明らかに忙しいはずが無いと定期的に話題にしないと、気が済まないんでしょうか?

それは、私見ながら、家事労働は仕事ではない。し、家事労働以外の仕事しか仕事と見なしていない。からですよね。
 
家事労働は、社会で働いていない人間が、仕方なしにやる仕事というより生活の行動であり、職業では無い。からですよね?
 
で、それは明確な給与が支払われているシステム上のお金が存在していないから、金を生む仕事ではない。という価値観なんですよね?
 
その是非は私は特になんとも思わないんです。
 
ただ、自覚をしていただきたいんです。
 
家事労働をしている人間には価値がないと、自分たちは積極的に考え、その職業をやっている人間を蔑視し、定期的に侮辱して憂さを晴らされていることを、自覚していただきたいんです。
 
すると、夫婦共働きなのに、なぜか家事労働に参加しようとしないパートナーの気持ちがはっきり明確になると思うんです。
 
それは労働では無いから、手伝う必要を見なさない。
 
子育ても同様でしょう。
 
それは労働では無いから、出産した人間が3年働けない時間は、負担でありこそすれ、肯定的に生活に組み込む、金銭を生み出す行動(労働)とは見なしていない。
 
だから、トラブルが発生し、最初は良くても・・・、とか、やってはくれてるけれど・・・、とか、ひょっとしたら双方が、これは仕事じゃないのに、やらされている、またはしなければならない。ことを抱えてしまっているのは、正直言って迷惑だ。と思っているし、余裕のあるときは出来るけれど、余裕のないときはできないかもしれない。が通用すると、当然思っているから、誰も子供を持とうとしないし、結婚して、家事労働という仕事をパートナーに課した上で、外に出て働いてもらうのは当然だけど、
 
どこかで、何か、こちらからはそれをお願いしてはいけないと思ってるから、
結婚しても働くのは当然ですよね。という価値観を持っている人としか、今後のことは話したく無いし、
 
ある日、どちらかが社会的に働けなくなるようになってしまったら困るから、 そのような人は近寄ってこないでください。

と喧伝したくて、その話題を繰り返して、ふるいにかけているんじゃないんでしょうか。
 
そう思われているのなら、それはそれでいいんだと思うんです。
でも、どうしてかそこを明言するのを結婚を前にしたときに遠慮するのは、これは仕事ではない、と思っていることが、それがないと回らない環境に、自分達が入ることを知っているからですよね?
 
それがないと回らないということは、社会では不可欠という価値観です。

その不可欠なものが、暮らしという環境の最小単位に確実に存在し、自分もそこに明らかに組み込まれているのに、なぜかそれは仕事ではない。金銭を生まない。と思っている自分の価値観が、なんだかおかしいけど、ずいぶんと色々と変な感じだけど、結婚をする前に話し合うのは、もっと別の大切なことがいっぱいあるから、話し合わないんですよね?

不思議ですね。

続きは、また気が向いた時に書きますね。

以上、無意識の蔑視線 1 でした。



20240223 23:05 誤表記部分を直しました。
20240223 23:18 誤字とわかりずらい部分を直しました。
20240223 23:32 わかりずらい部分を直しました。 
 
 
 
 
 

2024/02/22

嫌われたくない理由と東京旅行の感想

人に嫌われたくないのは、どんな人でもそうですけれど、
私は、 私は私なんですけれど、人に嫌われたくありません。
 
ここに妙な誤解があるようなので、同じ方もかなり多く居ると思いますし、書いてみます。
 
人に嫌われたくない人のおそらく多くは、
人から好かれたくて人気者になりたい気持ちは、実はあまりないんです。
人から攻撃されたくないから、その一心だけで、人から嫌われたくない、とそう思っています。
 
好かれて良い思いをしたり、プライドを満足させたり、そんなことどうだっていいんです。
人から嫌われるということは、人から攻撃されることだという警戒を常に持っていないと、実際、大なり小なり、攻撃されるからなんです。
 
私を含めたそういう人達は、嫌いな人は攻撃しても良い、という価値観が肯定される日常を生きているんです。
嫌いな人間は攻撃しても良い。
気に食わない人間は攻撃しても良い。
いけ好かない人間は攻撃しても良い。
ひどく間違った人間は攻撃しても良い。
モラルから外れた人間は攻撃しても良い。
 
嫌うことは自由ですが、攻撃してもいいことにはならない。

そのことをもっとちゃんと整理していかないといけないと、自戒を込めて思うようになりました。

小林秀雄の考え方では、嫌いは無関心になります。
私も同じ意見です。
ですから、嫌いが攻撃につながる人は、なにかしら相手に強い感情を抱いて居て、それを自分の中で整理が付けられない。
恨み、好意のバランスが取れないこと、嫉妬、悔しさ、怖れ、そういったものを整理出来ていないから、これならば攻撃していいだろう、という風に、自分の中で嫌いを正義や大義名分に置き換えてしまう。
すごく身近な言葉で言い換えると、良いじゃん、これくらいしたって。という言葉でしょうか。
 
きっとここら辺が、不寛容という、ネットだけではなく、社会というものの根源にじっとたゆたい、普段は薄まったもやのようになっていながら、あるとき、人を絡め取ってしまうもの、の転じて姿を現した一形態なんだと私は思っています。
 
 

 
写真は、美味しい美味しいビーフカツレツを食べに行く途中での、東京の空の一枚。
 
東京は街路樹がとても多く、緑が多い街ですし、町でもあります。
また、こうして野鳥もくつろいで枝に止まっています。
私が訪ねたどの街・町も清潔で、ゴミはほとんど無いと言ってもいいほど見かけませんでした。 
トイレもたくさんあり、どの個室にもちゃんと中身が補充された除菌クリーナーがついており、明るく清潔で防犯もきちんとされていました。
 
世界の観光都市東京として、首都東京が生まれ変わってどのくらい経つのか、いろいろと事情があって私には明確ではありません。
でも、懐かしい東京の価値が再確認されて、色々な街町に姿を現しており、人々は穏やかでくつろいだ活気に満ちていました。
 
みなさんとても親切で、配慮が上手で洗練されていました。
私のようなものにも何くれとなく気を配ってくださる、鋭い観察眼、洗練された温かさ、そういったものがより顕わになっている印象がありました。
 
海外からのお客様もたくさんお見かけし、言われているような騒がしい人達なんか一人もおらず、旅慣れた、英語がわからなくても通じる英語を選んで話しかけてくださったり、事前にネットで中国語、英語、その他の言語が使えるフロントをご存じの上、ご自身のスタイルにあった旅行を楽しんでいるようでした。
 
どうしても見たかった演芸のため、突然決めた旅行でしたが、パートナーも私も、とても東京の3日間を満喫できました。
もう、誰一人、おのぼりさんとか地方からとか、そんな目で人を見なくなっていました。
もしかしたら、本来の東京という、町の集合体の大都市が、やっとその等身大の秀れた価値を認められて、暮らしている人達が一番、安心したのかもしれません。

今度、伺う機会があれば、荷物は先にホテルに送り、一週間自分達のペースで滞在し、もっとゆっくり東京で過ごせると良いなと、帰ってきてパートナーとそんな話をしました。

楽しかったです。ありがとうございました!
親切にしてくださった方々も、とても感謝しております!!
 
エナメル 



 
 

 
 

2024/02/18

メッセージ20240218

 


 

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今の私の環境は、すごく物音がするので気にしないようにしています。

ストレスはありません。

ここで過ごすようになってだいぶ時間が経過しているので慣れてきました。

なので気にしないようにしています。

 

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応援をよくしますが。

遠くから見守るという形にしています。

散文形式にするかどうかは、今後ホームページ公開を視野にいれて現在検討中ですので、そこでひっそりやる分にはいいのかな、という感じです。

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自分に従うと言いながら、いつも何かに触れると探してアテにしているように、おそらく見えられたのでしょう。

そのことについて。

 

私は、人に貸しを作ったことがありません。

作っていたのかもしれないけれど、それに恩義を感じてくれる人達には遭ったことがありませんでした。

それでこの不思議な、なにがなんだかわからないことに対し、

もし、私がやった些細なことを、私からの貸しと思ってくださっていたら、どうしようという脅えがありました。

そういう人達に遭ったことが無いので、どういった方々がそう思ってくださるのか。

また思っていただいた場合、どういう風な価値観で、どういうふうな伝達方法を使い、どのようにされて、どのような案配なのか、私にはわかりません。

それを教えていただくのもなんだかおかしいですし、せっかくのご厚意の顔を潰してしまいます。

 

それで、

もしかして、ないと思って気楽に暮らしているけれど、もし実は存在していて、そのことに私が気がつかなかったらどうしよう。

自分に従うという私のやり方が、せっかくのお気遣いを無下にしてしまったとしたら、申し訳なくてたまらない。

そういう気持ちがあり、いつもびくびくしていたんです。

 

また、どうも私の知らない場所でのルールとして、貸し借りはすぐ返す。という基準と、相手が本当に困った時に返す。という基準があると捉えています。

 

それで、すぐ、の方の場合、それを見逃してしまったらどうしよう、というもの。

あとでゆっくり、の方の場合も、肝心なときによく私は混乱してしまうし、ものがわかるのがとても遅いので、間に合わなかったらどうしよう。と、ビクビクしていました。

 

それで、探していたんです。

 

けれど今回の旅行で、ネガティブなものは、そんないつ受け取るかわからないやり方をしないし、もっとこっちを追いかけてきて、何が何でもそのネガティブなメッセージ(悪意)を受け渡すはず。

だから、普段からの私のやり方である、悪意は受け取らないに限るのやり方で、問題は無い、と判断がつきました。

 

ポジティブなものは、きっとそのように思ってくださる方々は、わかるようにして置いてくださっている。置いてくださっていたのだ。ということがわかりました。

そういう方法を選ばれる時点で、少なくとも急ぎでは無いんです。

すぐ返さねばならないほど、緊急なお返しなんて存在しません。

だから、いつでもいいよ。というお気持ちなんだろうな、と理解できました。

 

いつでもいいから、そのやり方を選ばれているのだ。

私がどういうものがよく知っていてくださっているから、私ができるときにそれをやればいいんだよ。というのが、急いで伝えてこられなかったお返し、に存在する価値観だったんです。

 

なので、もうオロオロして緊張しながら探すことはせずに、気がついたときに、私のような者にこのように素晴らしいものを伝え置かれてくださったのだ。と、その理解に感謝して、わかってくださる方々はおられるし、分かる範囲でお返しやご教示を受け取らせていただければ、それでいいんだよ。ということだったんです。

 

そしてあまりにも分かっていないときは、取りなしてくださったり、教えてくださる方もおられるんです。

 

大変なことです。

その大きなお気持ちに、自身の些末さが身のすくむ思いですが、私は自分の理解力に思い上がらず、謹んでその手をとらせていただこうと思いますし、お返しはたとえ天国に向かってでも、この世で返すやり方は知っていて、きっとそれで良かったんですね。

 

思えば、私は若者や青年だったとき、市井で何か教えていただいたとき、そのご厚意に私があまりにも警戒し不思議そうにしているので、いつだったか「自分も以前同じことをしてもらった。だから同じやり方で別の人に返している」と教えてもらったことがあります。

それを市井の者である私はやればいいんです。

そういうことだったんです。

 

なので胸がいっぱいですが、また怖くなったときに、そうして自分は助けていただいた。待っていただいていた。だから脅えて慌てなくても大丈夫だ。と繰り返し、思い出して行こうと思います。

 

本当にありがとうございました。

わかるようになるまで待っていてくださり、また、利用されるのでは無いかとご心配をおかけし、申し訳ありませんでした。

 

そして助けていただいたのだから、手をとらせていただいたのだからと、身の丈にあわないことをしようとせず、自分のできる範囲で、やれることをやっていきます。

お邪魔になってしまっていたのかもしれませんので、そちらは引き取らせていただきます。

 

本当に、本当にありがとうございました。

命と心を救っていただいたこと、生涯忘れません。

 

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あの時のみなさんへ

 

あの時は、ありがとうございました。

とても厳しい世界だと聞き囓っております。

どうかどうか、お体を大切に、素晴らしいお仕事と幸せな日々をお過ごしください。

お元気で。

遅くなってしまって大変失礼いたしました。

心強かったです。

本当にありがとうございました。

 

お元気で。

 

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こちらのメッセージはご本人にはお伝え済みなのですが、その周辺の価値観に向かって、お伝えします。

 

 

引用の件ですが、おそらく思い違いをされています。

 

サンプリングと呼んでいますが、あれをやっていた理由は、私の当時の読者は、私の物語を何度も読んでしまう。繰り返し読んでしまうんだと言ってくれていました。

 

きっと毎日が辛いのだろうと思いました。

 

それであまりにも誰でも知っていて、有名すぎる、出典を明らかにするまでもないもので、私が知っている範囲のものをサンプリングしていました。

 

その効果の狙いは、繰り返し読むことで急に気がつくことがたくさんある、サプライズで、自分だけに向けられた内緒のメッセージのような特別感があるように仕立てた、私から読者へのプレゼントだったんです。

 

そしてわからない部分は、読者同士、私からも、お互い教え合い、新たな名作(誰でも知っている作品ですから、好きか嫌いかは置いておいて、面白いものなのは間違いありませんので)に出会え、辛い毎日から逃れられ、楽しい暇つぶしになるようにと思ってのことです。

 

思われているような、高度で知的な目配せではなかったんです。

 

それが私のサンプリングの目的です。

 

また、当時、私と対話してくださっていた方は、私の読書履歴とコミックを含めたサブカルチャー履歴をとても知りたがっていました。

それもありました。

 

いつからそういうことをやっていたのか、やろうと決めたのかは覚えてはいませんが。

私のレベルでは、たくさんの意味と機能を持つ、言葉なのに行動を促したり実行力を持つセンテンスを多用して、限りある情報と公表してはそれぞれに差し障るメッセージ、誰宛のものなのか、を読んだ当人だけがわかるようにするため、そういうことをやっていました。

 

防犯もありましたし、周知の事実であっても、決してそうだと言ってはならない、自分で知っていく言語化されていない掟があったからです。

また辛い毎日を送っていることは、人には知られたくありませんし、公の(ネット上)場所でそうだと言われたくはありません。

 

それで自発性にこだわる必要がありました。

 

サンプリングをやっていた理由と目的の説明は以上となります。

 

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私のいる層では、敬称に先生をつける価値観があります。

 

これは、実際のお弟子さんを騙るものでも、我こそは一番の理解が出来ている読者やフォロワーである、というものでは無く、ただの敬称に過ぎません。

そういった職業の人達全般を差して、お名前の後ろに先生をつける礼儀です。

 

私は、その価値観で先生と、読者として読んで知っている方々をお呼びしておりました。

 

なので、同門の方、門下生の方、実際のフォロワーの方に、もしかして長い間、不愉快な思いをさせていたのでしたら、それは誤解です。

そして、ご不快なお気持ちに長い間気づかず、本当に申し訳ありませんでした。

 

ただそういうことですので、これからも市井の者として、同じように礼儀をもって先生と付けていこうと思います。

そういった層の者なのだと、ご理解を賜りたく存じます。

 

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大昔、やる気があるなら来なさい、という呼びかけに、私が参加しなかった理由は、当時から身の危険を感じていたからです。

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自習を続けています。

書いたものをご覧になればお分かりの通り、とても調子を崩しておりました。

でも、前を向けると思います。

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防備録として。

 

今後の予定

 

ファンフィクションを完成させる。

オリジナル物語2本、うちひとつは関西を舞台にしたもの、を作る。

 

みんなで上がるやり方で、分かる範囲での叩き台を作って、公開するか、適宜、送ってみる。

 

ひっそり暮らしながら、自分の仕事のスキルアップを頑張る。

 

ブログからホームページに移行することを真剣にシミュレーションしてみる。

 

自習を続ける。

 

もう気にしない。

 

真に受けるところがあるので気をつける。

 

楽しいもの、気楽なものを書いていく。

日曜版も続ける。

 

という感じです。

 

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私がリアルでもネットでも好きな人は、パートナーただ1人です。実は、その方のスキャンダル防止の余計な気を回していたのでした。それだけです。

Butterfly Just Danceの意味は、以前説明したそのままです。

見上げれば、いつも空は見えるので、私個人は特に問題はないんです。

宇宙人の意味を取り違えていたことを深くお詫びいたします。

こちらの我々は、市井のものです。

 

 

 

 

20240218 17:05 エナメル

 

20240218 20:38 誤字・脱字を直しました。