O先生によるエナメル紹介

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うっかりカツカツやって来て、うっかり居ない。( By O.) |
2024/02/25
写真が多い日曜版
2024/02/24
古い並木道の記憶
写真は、東京、日本橋からの一枚。
東京の空と言えば、ある世代から上の方々は、薄曇りの空をイメージされると思います。
実は、私が東京に行くといつも快晴です。
そしていつも暑いです。
なぜか分からないんですけれど、滞在時の数日はだいたい平年より高めの気温で、なぜこうなんだろう? と無表情になっています。
寒い日も普通の日もあるので、そういうもんなのかなとは思っているんですが、私は晴れ女なので、ここまで体質がお日様がダメなのに、いつも予定を立てるとカンカン照りなのは、一体どういうことかな・・・とこちらも無表情になっています。
東京は本当に櫻が多く、どの木もとても大切にされています。
街路樹がどこも立派なんですね。
植栽が若くても、ある程度の成長を見越してスペースをとられているので、植えられたばかりの街路樹を見かけて、一生懸命ここで大きくなってもそのうち切られちゃうのかな、という不安が一瞬胸をよぎることはありません。
あまり木を切りたくて切る人、その判断を下す人はそう居ないと思います。
こんなとこに木なんか植えやがって、この野郎、たたっ切ってやる!なんて人はあまり居ないでしょう。
木を切るという判断をする人って、
木を植える人イコール善良な人。
木を切る人イコール悪徳な人。
という先入観で不必要に悪人にされてしまうので、よく気の毒だな、と思っていますし、同じ気持ちの方も少なくないはずです。
昨今の木や森の存続についてひっそり思っているのは、もっと前の、切ろうかどうしようかの判断をすることを検討する段階で、どうして、この木を切らなければならないという意見が出てきたのか、その要因を公開してくれればな、と思っています。
そうすれば、仮に病気が原因として、
それは治療が可能かどうか、
どのくらいの予算がかかって寄付でまかなえるのか、とか、
枝が落ちる恐れがあるのであれば、
支えをつけるだけではダメなのか。
近隣に目の不自由な方や歩行にどうしても平坦な道が必要不可欠の方がおられて、その都合はつけられるのか、つけられないのか。
防犯であれば、その木があることで何が起こっていて、その対処は本当に伐採でしかできないのか。
小さな森であれば、全部切ってしまうより、周囲を柵で覆って、公開時間を設ければ、防犯に効果はあるのかどうか。
そんな、持ち寄ったアイデアが提供できることを開示していただければなと思っています。
いまこんな要因で、こういうことを考えている。
という情報公開に、すぐ飛びついて、反対反対、なにがなんでも反対!と騒ぐのは、良い方向に向かうこともダメにしてしまうので、それは正直、地域の木を大切にして長い間愛してきた人達にとって、とても迷惑なんですね。
前、私がひっそり暮らしていた地域では、とても古くて素晴らしい櫻並木があったんです。
地域の人と知っている人は知っている場所で、私も若者だったとき、酔っ払って歩いて帰る途中に、角を曲がったら突然、花びらを静かに散らす夜の櫻並木に出くわして、その幻想的な力強さと静謐さに息をのんだ記憶があります。
当時でとても古い立派な木達だったので、すべて老木だったんです。
結局、病気が治せないという理由で、苦渋の決断から小さな並木道はなくなりました。
誰も反対運動を起こさなかったところを見ると、みな、とても悲しかったけれど、ギリギリまで維持し大切にした上での決断だったことをご存じだったのでしょう。
やがてある日、珍しく回覧のビラがポストに入っていました。
そこには、どういった経緯で伐採が決定したのか、静かに記され、その地区の責任者の方、市の職員の方、住人のみなさんが悩んだ末の決定であったことが報告されていました。
そして、新しい櫻の木を植えますので、これからはその木を愛していきましょう。という言葉で、お知らせは締めくくられていました。
その文章は、伐採の決定までに非常に苦しまれたのだろうという、絞り出すような言葉で、静かに深く悲しまれているのが如実に伝わってくるものでした。
やがて、新しく植えられたのは、病気に弱いソメイヨシノではなく、違う種類の元気な櫻でした。
私は、その若木を見たときに、我々は二度とあのような惜別を経験したくないのだ、という、地域の人達と関わった人達全員の断固とした意思を知りました。
対話は、威力を知らしめることでもないし、自分達は怒らせたら怖い相手だから機嫌を取れと、思い知らせることではないんです。
ときにはすぐに声を上げなければならないとき、とにかく状況を回避せねば命に関わることもあります。
でも日常で姿を現す、私達の暮らしに関わることの多くに必要とされる、オフィシャルな対話は、まず感情的になってしまう口を閉じて、一体、いま自分の前にあるのは何か、を考えることから始まります。
そして物事は複雑であるのが常なのですから、まずはテーブルにつき、そこに座ったのならば、対話に参加する資格というマナーをそれぞれが自分に課してから、対話を試み、その場に来た全員が未来を望んでいるのだ、という信頼を持って対話を続けていくべきなんだと、私は考えます。
問題がある。
では、その先に向かうために、何をすべきなのか。
どうしたらいいか。何ができるのか。
意見は苦情では無いし、アイデアは不信ではありません。
並木道を守ろう、と言うのであれば、維持するため、そこをよけて新しいビルを建てるための特殊な工事の必要経費を、全員が出し合ってまかないあえるのかどうか。
そこまでちゃんと計算して、予算として提出できる、具体的な感覚がとても重要だと思います。
現実には、悪役は存在しません。
勧善懲悪も胸アツ展開もその演出も必要ありません。
現実と物語の区別をまずつけて、騒ぎ立てずに、大きな声を出して相手の意見を聞こえなくさせることばかりに気を取られずに、
対話という、複雑な物事に取り組む人達全員を助ける可能性をとても多く含むもの、の存在意義を再確認し、テーブルについて具体的な明日の話ができるように、もっとなると良いな、と思っています。
意見を出せなくとも、その環境を整えることは全員にできます。
私達は、もう大人になるべきです。
2024/02/23
無意識の蔑視線 1
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| プラタナスの街路樹の木肌 |
2024/02/22
嫌われたくない理由と東京旅行の感想
2024/02/18
メッセージ20240218
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今の私の環境は、すごく物音がするので気にしないようにしています。
ストレスはありません。
ここで過ごすようになってだいぶ時間が経過しているので慣れてきました。
なので気にしないようにしています。
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応援をよくしますが。
遠くから見守るという形にしています。
散文形式にするかどうかは、今後ホームページ公開を視野にいれて現在検討中ですので、そこでひっそりやる分にはいいのかな、という感じです。
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自分に従うと言いながら、いつも何かに触れると探してアテにしているように、おそらく見えられたのでしょう。
そのことについて。
私は、人に貸しを作ったことがありません。
作っていたのかもしれないけれど、それに恩義を感じてくれる人達には遭ったことがありませんでした。
それでこの不思議な、なにがなんだかわからないことに対し、
もし、私がやった些細なことを、私からの貸しと思ってくださっていたら、どうしようという脅えがありました。
そういう人達に遭ったことが無いので、どういった方々がそう思ってくださるのか。
また思っていただいた場合、どういう風な価値観で、どういうふうな伝達方法を使い、どのようにされて、どのような案配なのか、私にはわかりません。
それを教えていただくのもなんだかおかしいですし、せっかくのご厚意の顔を潰してしまいます。
それで、
もしかして、ないと思って気楽に暮らしているけれど、もし実は存在していて、そのことに私が気がつかなかったらどうしよう。
自分に従うという私のやり方が、せっかくのお気遣いを無下にしてしまったとしたら、申し訳なくてたまらない。
そういう気持ちがあり、いつもびくびくしていたんです。
また、どうも私の知らない場所でのルールとして、貸し借りはすぐ返す。という基準と、相手が本当に困った時に返す。という基準があると捉えています。
それで、すぐ、の方の場合、それを見逃してしまったらどうしよう、というもの。
あとでゆっくり、の方の場合も、肝心なときによく私は混乱してしまうし、ものがわかるのがとても遅いので、間に合わなかったらどうしよう。と、ビクビクしていました。
それで、探していたんです。
けれど今回の旅行で、ネガティブなものは、そんないつ受け取るかわからないやり方をしないし、もっとこっちを追いかけてきて、何が何でもそのネガティブなメッセージ(悪意)を受け渡すはず。
だから、普段からの私のやり方である、悪意は受け取らないに限るのやり方で、問題は無い、と判断がつきました。
ポジティブなものは、きっとそのように思ってくださる方々は、わかるようにして置いてくださっている。置いてくださっていたのだ。ということがわかりました。
そういう方法を選ばれる時点で、少なくとも急ぎでは無いんです。
すぐ返さねばならないほど、緊急なお返しなんて存在しません。
だから、いつでもいいよ。というお気持ちなんだろうな、と理解できました。
いつでもいいから、そのやり方を選ばれているのだ。
私がどういうものがよく知っていてくださっているから、私ができるときにそれをやればいいんだよ。というのが、急いで伝えてこられなかったお返し、に存在する価値観だったんです。
なので、もうオロオロして緊張しながら探すことはせずに、気がついたときに、私のような者にこのように素晴らしいものを伝え置かれてくださったのだ。と、その理解に感謝して、わかってくださる方々はおられるし、分かる範囲でお返しやご教示を受け取らせていただければ、それでいいんだよ。ということだったんです。
そしてあまりにも分かっていないときは、取りなしてくださったり、教えてくださる方もおられるんです。
大変なことです。
その大きなお気持ちに、自身の些末さが身のすくむ思いですが、私は自分の理解力に思い上がらず、謹んでその手をとらせていただこうと思いますし、お返しはたとえ天国に向かってでも、この世で返すやり方は知っていて、きっとそれで良かったんですね。
思えば、私は若者や青年だったとき、市井で何か教えていただいたとき、そのご厚意に私があまりにも警戒し不思議そうにしているので、いつだったか「自分も以前同じことをしてもらった。だから同じやり方で別の人に返している」と教えてもらったことがあります。
それを市井の者である私はやればいいんです。
そういうことだったんです。
なので胸がいっぱいですが、また怖くなったときに、そうして自分は助けていただいた。待っていただいていた。だから脅えて慌てなくても大丈夫だ。と繰り返し、思い出して行こうと思います。
本当にありがとうございました。
わかるようになるまで待っていてくださり、また、利用されるのでは無いかとご心配をおかけし、申し訳ありませんでした。
そして助けていただいたのだから、手をとらせていただいたのだからと、身の丈にあわないことをしようとせず、自分のできる範囲で、やれることをやっていきます。
お邪魔になってしまっていたのかもしれませんので、そちらは引き取らせていただきます。
本当に、本当にありがとうございました。
命と心を救っていただいたこと、生涯忘れません。
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あの時のみなさんへ
あの時は、ありがとうございました。
とても厳しい世界だと聞き囓っております。
どうかどうか、お体を大切に、素晴らしいお仕事と幸せな日々をお過ごしください。
お元気で。
遅くなってしまって大変失礼いたしました。
心強かったです。
本当にありがとうございました。
お元気で。
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こちらのメッセージはご本人にはお伝え済みなのですが、その周辺の価値観に向かって、お伝えします。
引用の件ですが、おそらく思い違いをされています。
サンプリングと呼んでいますが、あれをやっていた理由は、私の当時の読者は、私の物語を何度も読んでしまう。繰り返し読んでしまうんだと言ってくれていました。
きっと毎日が辛いのだろうと思いました。
それであまりにも誰でも知っていて、有名すぎる、出典を明らかにするまでもないもので、私が知っている範囲のものをサンプリングしていました。
その効果の狙いは、繰り返し読むことで急に気がつくことがたくさんある、サプライズで、自分だけに向けられた内緒のメッセージのような特別感があるように仕立てた、私から読者へのプレゼントだったんです。
そしてわからない部分は、読者同士、私からも、お互い教え合い、新たな名作(誰でも知っている作品ですから、好きか嫌いかは置いておいて、面白いものなのは間違いありませんので)に出会え、辛い毎日から逃れられ、楽しい暇つぶしになるようにと思ってのことです。
思われているような、高度で知的な目配せではなかったんです。
それが私のサンプリングの目的です。
また、当時、私と対話してくださっていた方は、私の読書履歴とコミックを含めたサブカルチャー履歴をとても知りたがっていました。
それもありました。
いつからそういうことをやっていたのか、やろうと決めたのかは覚えてはいませんが。
私のレベルでは、たくさんの意味と機能を持つ、言葉なのに行動を促したり実行力を持つセンテンスを多用して、限りある情報と公表してはそれぞれに差し障るメッセージ、誰宛のものなのか、を読んだ当人だけがわかるようにするため、そういうことをやっていました。
防犯もありましたし、周知の事実であっても、決してそうだと言ってはならない、自分で知っていく言語化されていない掟があったからです。
また辛い毎日を送っていることは、人には知られたくありませんし、公の(ネット上)場所でそうだと言われたくはありません。
それで自発性にこだわる必要がありました。
サンプリングをやっていた理由と目的の説明は以上となります。
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私のいる層では、敬称に先生をつける価値観があります。
これは、実際のお弟子さんを騙るものでも、我こそは一番の理解が出来ている読者やフォロワーである、というものでは無く、ただの敬称に過ぎません。
そういった職業の人達全般を差して、お名前の後ろに先生をつける礼儀です。
私は、その価値観で先生と、読者として読んで知っている方々をお呼びしておりました。
なので、同門の方、門下生の方、実際のフォロワーの方に、もしかして長い間、不愉快な思いをさせていたのでしたら、それは誤解です。
そして、ご不快なお気持ちに長い間気づかず、本当に申し訳ありませんでした。
ただそういうことですので、これからも市井の者として、同じように礼儀をもって先生と付けていこうと思います。
そういった層の者なのだと、ご理解を賜りたく存じます。
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大昔、やる気があるなら来なさい、という呼びかけに、私が参加しなかった理由は、当時から身の危険を感じていたからです。
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自習を続けています。
書いたものをご覧になればお分かりの通り、とても調子を崩しておりました。
でも、前を向けると思います。
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防備録として。
今後の予定
ファンフィクションを完成させる。
オリジナル物語2本、うちひとつは関西を舞台にしたもの、を作る。
みんなで上がるやり方で、分かる範囲での叩き台を作って、公開するか、適宜、送ってみる。
ひっそり暮らしながら、自分の仕事のスキルアップを頑張る。
ブログからホームページに移行することを真剣にシミュレーションしてみる。
自習を続ける。
もう気にしない。
真に受けるところがあるので気をつける。
楽しいもの、気楽なものを書いていく。
日曜版も続ける。
という感じです。
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私がリアルでもネットでも好きな人は、パートナーただ1人です。実は、その方のスキャンダル防止の余計な気を回していたのでした。それだけです。
Butterfly Just Danceの意味は、以前説明したそのままです。
見上げれば、いつも空は見えるので、私個人は特に問題はないんです。
宇宙人の意味を取り違えていたことを深くお詫びいたします。
こちらの我々は、市井のものです。
20240218 17:05 エナメル
20240218 20:38 誤字・脱字を直しました。





